学校生活School Life

~人の「探究」に触れ、己の世界を豊かに、深める~ 〈万助楼料理人:大町英継さんへのヒアリング編〉

 


網野町浅茂川。八丁浜のほど近くに佇む旅館。

何と歴史を遡ると、百十余年にもなるらしい。

その名も「万助楼」

万助楼.jpg

趣のある正面玄関の前に立った高校生。扉を開ける前に1つ深呼吸。

少し緊張した面持ち。それも無理もない。

こういった格式張った雰囲気の場所に訪れたことは、あまりないはず。

 

意を決して、いざ扉を引く。

ガラガラ......。

 

「......っ!!??」

 

建物の中に入って、目の前に現れた光景に目を見張る。

ここはまるで竜宮城。

おとぎ話の中に紛れ込んでしまったかのような気分になる。

大広間 (2).jpg

思わず廊下に佇んでしまった高校生。

確かにこれはすごい。

 

目に映るもの全てが珍しくて、キョロキョロしながら案内係の方の後を追う。

そして案内された部屋に入って、広がった景色を見て、再び息をのむ。

 

「この部屋からの景色、綺麗でしょう。

今日はお天気が良いから、一層キラキラして見えますね。」

 

大きな窓からは、海が見下ろせるようになっており、

遠くの方で釣りを楽しんでいる

人々の姿も伺える。浦島太郎と乙姫様が祭ってある

「嶋児神社(しまこ神社)」も目の前だ。

穏やかで、心安らぐ時間が流れていく。

 

「失礼します。」

 

そこに入ってこられたのが、今回の主役。

万助楼の料理長、大町英継さんだ。

 

今回、大町さんにインタビューをするのは

和食や日本文化に関心のある3年生。

料理人の世界に触れ、日本食を通して

日本文化に対する知見をより広げるために

今回のインタビューが決まった。

 

ここからは、高校生と大町さんのインタビューの様子をお届けしましょう。

大町さんヒアリング⑤.jpg

―大町さん、今回は貴重なお時間を頂きありがとうございます。

 早速ですが、大町さんは"和食"というものを

どのように捉えられていますか。

 

いきなり難しいことから聞くね(笑)

その問いには、はっきり答えられないなぁ......。

料理には"起承転結"があって、それは始まりから終わりまでの1つの物語。

和食では、年中行事や節句などを大切にして四季を表現します。

普段の何気ない生活の中で、季節を感じてもらえるよう、

料理にも工夫を施す。

勿論、伝統や基礎は大事にしますが、

僕は常に"それを受け継ぐだけでは終わらせない"ための工夫や

遊びを料理に取り入れる様にしています。

料理は、もっと自由でいいんです。

正解はないと思っています。

 

―なるほど。料理の世界って、本当に奥深いですね。

 僕が和食を好きなのも、1つ1つのお皿がメイン、というか、

色とりどりで芸術的なところに惹かれるからです。

四季の話を聞いて、納得しました。

では、大町さんが料理人を目指すようになった頃から、

ここに至るまでのことをお伺いしたいと思います。

高校卒業後は、調理の専門学校に行かれたのですか?

 

そうですね。大阪の専門学校に行きました。

 

―専門学校では、どんなことを学ぶんですか? 

 

あらゆる調理法の基礎という基礎を学びます。

色々な先生がいるし、吸収できることが

沢山あるので楽しかったですよ。

学校の良いところは、多様な種類の料理を学べるところですね。

 

大町さんヒアリング④.jpg

―学校で学んだことは、今も活かされていますか?


勿論、基礎をたたき込まれたことでそれが今でも土台にはなっています。

だけど、学んだこと全てが正解ではない、ということにも

卒業してから気づかされました。

 

例えば、お吸い物1つとっても味付けの方法として教科書には

「だし、醤油(薄口)、塩」が使用するもの、

そして「だしをとった後、味付けは、さ・し・す・せ・その順番なので、

まず塩を加えて、醤油で味を調えていく」と書かれていますが、

僕はそのやり方では、自分の納得のいくお吸い物の味に辿り着くことが

出来ませんでした。

だから、教科書からは一旦離れて、

色々な方法を繰り返し試したところ、

だしを取った後、塩からではなく、

醤油からの順で味を調えた方が理にかなっている、

ということに気がつきました。

 

人によって、拘りがあるから、

そこを聞いていくのもとても面白いと思いますよ。

 

―確かに。その人なりの「正解」に行き着くまでの過程などを

聞いていくと面白そうです!

それでは次に大町さんの日課を教えて頂いても良いですか?

 

朝は、よく散歩出かけます。散歩のコースは、山も海も行きますね。

季節の草花を採取したり、料理に使用する山菜を摘みに行ったり、

朝市でその日に捕れた魚を買いに行ったり。

その日に手に入った材料で、献立を考えます。

丹後の良いところは、こうして外を出歩くことで食材が手に入ることですね。

 

―日常生活の中で、これは旬の物だ、と

意識することって中々難しいですよね。

 

今はスーパーで買い物をすることがほとんどだと思います。

だけどスーパーしか知らないと、旬の物を意識する感覚は薄れてしまうでしょう。

スーパーというのは、人間にとって都合の良いものしか並んでいません。

あの世界は自然の摂理からは、乖離しているんですよ。

自然の恵みを自然のままに頂く。

そこにちょっとした工夫を加えて、彩っていく。

料理って、そういうものだと思います。

 

―そうですよね。

では、大町さんが考える「おもてなし」についてお聞かせください。

大町さんは、何が「おもてなし」だとお考えですか?

 

一言で言うと「察する力」だと思います。

宿というのは、基本的に訪れるお客様の行動(アクション)は、

泊まりに来る、という行為であってそこはみんな共通しています。

ですが、その目的や背景はお客様によって異なります。

 

どういう目的で、今ここに来てくださったのか、

何を一番求められているのか、どんなことをすれば喜んでもらえるか。

 

お客様によって、アプローチの仕方を変えています。

わざわざこの場所を選んで来てくださっている目的を把握し、

察して、次に自分が何をすべきか考える。

その行為が「思いやり」であり、思いやりを形に変えたものが

「おもてなし」なのではないでしょうか。

 

―なるほど。すごく納得しました。

察する力かぁ......。難しいな。大町さん、すごいです。

因みに大町さんは、型にはまらない料理を常に生み出されていますが、

そのアイディアはどこから湧いてくるのですか?

 

過去から現在に至るまでに、経験したこと、思い出、

心動かされた体験、それら全てが今の料理に繋がってると思います。

料理のインスピレーションが生まれるのは、

「いかに感動したか」だと思っています。

心動かされる体験を沢山積みかさねていくことが大事ですね。

それは和食以外の料理は勿論、訪れた旅行先で感じたことや、

映画や音楽、異なる業界の人々との交流など、外に自分を開いて、

"良いもの"を吸収すること。

これが自分の引き出しを豊かにし、

次の新しい料理へと繋がっているのだと思います。

大町さんヒアリング.jpg

―たくさんの世界に出会うことが大事なのですね。

それでは大町さんの今後の目標を教えてください。

 

僕は、人の感情の中で最も幸せな感情は「嬉しい」だと思っています。

幸せはみんな最後には「嬉しい」になる。美味しいものを食べれて「嬉しい」

ぐっすり眠れて「嬉しい」 好きな人に出会えて「嬉しい」といったように。

 

ここを訪れる全てのお客様に「嬉しい」を

たくさん感じてもらえるようなおもてなしを考え続けること。

その「うれしい」体験の1つとして、拘っているのが

"丹後でしかできない体験"を作り出すこと。例えば、鮑の炭火焼き。

鮑まるまる1つを、豪快にかぶりついて頂く。

これは、僕が幼い頃に浜辺で遊んでいたとき、

そこで捕れた貝をその場で焼いてむしゃぶりついた思い出から

着想を得ています。

先ほどのインスピレーションを何から受けるか、

というお話しに繋がりますが、

子どもの頃に体験した強烈な記憶は、

「万助楼らしい料理」が生まれるきっかけに

なっています。

 

そうした「うれしい」体験を通して、普段の疲れをそぎ落としてもらって、

お帰りになられる時にはまた新たな気持ちで明日を迎えられるように。

この万助楼がそんな場所であり続けるために真摯にお客様と向き合うこと。

ここは浦島伝説の発祥の地と言われているので、

ここを竜宮城だと思って過ごしてもらいたい。

つまり、日常から非日常の体験を。

そしてポジティブな気持ちになって、また日常に戻れるように。

 

「また帰ってきたい」と思ってもらえるような場を

築いていくことが目標ですね。

 

―素敵なお話しをありがとうございました。

 まさに「探究」を突き詰めた先にあるお仕事の姿を見せてもらいました。

 料理の世界の奥深さにも触れることができ、大変有意義な時間を

過ごすことができました。

次はぜひ、実際に料理をされているところを見学させてください!

 

はい、もちろんです。

何かのお役に少しでも立てたのなら幸いです。

これからも色々なものに出会って、たくさん吸収して、

自分だけの道を歩んでいってくださいね。応援しています!

調理場にて(大町さん&こうたくん).jpg

~ヒアリングを終えて〈コーディネーターより〉~

 

「料理はもっと自由であっていい」

 

そう話す大町さんの言葉がずっと残っている。

 

大町さんは、昔からずっと料理人になりたい、

という志を持っていた訳ではない。

科学者や自衛隊に憧れた時期もあったそうだ。

 

だが、いつの間にか料理の道に進むことを決めていた。

その決断をした背景には「刷り込み」もあっただろう、と話す。

実家が宿屋であり、それを継ぐのが自然の流れだと、

勝手にそう思い込んでいた。

 

でも、だとしたら、大町さんはどの時点から

こんなにも料理の世界に没頭するようになったのだろう? 

大町さんの料理に向き合う姿勢はどこまでもまっすぐで、

真摯で、愛を感じる。

言ってしまえば、"熱量"だ。

 

大町さんのお話しを聞く中で、

彼が料理の世界にはまっていくきっかけになった起点が

いくつかあったことに気がつく。

その中でも、特に彼の世界の幅を広げるきっかけになった出来事が、

異なる分野の人々との交流だ。お茶事の習わしに触れたり、

器作家との交流を深めたり、

和食だけでなく他ジャンルの料理人達との勉強会をしたりと、

様々な物作りに携わる人々との親睦を深めていったこと。

これまでの自分の中にはなかった新しい世界と、

これまで自分が経験してきた"嬉しい"体験を融合させて、

初めて「自己流」の料理が生まれる。

料理って面白い。料理は自由だ。

こう感じた瞬間から、大町さんはどんどん料理の世界に

魅了されていったのだろう。

 

「未だ誰も見たことのない、あっと驚くような料理をつくりたい」

「口に含んだ瞬間、笑顔になるような料理を」

「自分の料理で、感動のその先の景色を見てみたい」

 

大町さんは、「自分がどうしたいのか」を常に意識している。

そして「自分がどうしたいのか」を叶える過程の中には

必ず葛藤(ジレンマ)が生まれる。

 

"やりたいこと"と"やらねばならないこと"の間に「ブレ」があって、

この「ブレ」がジレンマだという。

 

でも大町さんは、このジレンマさえも楽しんでいる。

 

「ジレンマが生まれるのは、「やりたいこと、実現したいこと」が

自分の中に明確にあるから。限られた時間、決められたルールの中でも、

最大限の試行錯誤、工夫を凝らして

少しずつ自分の目指すところに近づけていく。

常に自分の思考を止めないこと。

ジレンマをマイナスなものとしてでなく、

自分が目標に向かっていくための糧とすればいい。」

 

あぁ、こんな大人がいてくれて良かった、と心底思う。

 

大町さんの生き方、価値観、仕事と向き合う姿勢、言葉、

そして突き抜ける探究心......。

きっと高校生もそういうものの中から、

"大切なもの"を受け取ってくれたはずである。

だって、話しを聞く高校生の目が、とてもキラキラしているから。

 

子どもは、大人の背中を見て育つ。

 

私も見られている一人なのだ、と思うと背筋が伸びる。

私はまだまだだ......。もっと頑張ろう。

私は高校生に恥じない生き方をしよう、と改めて誓った。

 

 

 

 
COPYRIGHT (C) 京都府立峰山高等学校