子どもを中心に据えた学びの支援を支える地域システムの広がり
令和4年度 東京大学先端科学技術研究センター 近藤武夫 教授
子どもを中心に据えた学びの支援を支える地域システムの広がり
今年度も多数の研究協力校の皆様にご参加いただき、総合教育センターや地域支援センターの先生方と連携して、各校の先生方の日々の支援や指導に伴走し、児童生徒とともに学びの支援の実践を深めることができました。私自身にとって、このプロジェクトを皆さんと共にすることは、大きな学びの機会となっています。私からは、今年度の取り組みで踏み込むことができた「更なる一歩」と言える点を述べておきたいと思います。それは(1)高校での修学支援体制が充実している学校が複数参加してくださり、その支援の実例を、小中学校で修学支援に取り組む先生方と共有することができたことと、(2)読むことに特別支援ニーズのある児童生徒のための資料(具体例としては単元テスト)の電子化を、京都府内でシステマティックに実施する体制整備の試行ができたことです。以下に、それぞれの意義についてまとめ、総評とさせていただきたいと思います。
(1)高校やその後の学びをイメージした支援
学校教育は、ある児童生徒が社会的に成功するという「結果」を提供できるわけではなく、その結果につながる可能性のある様々な学びの機会を提供しています。そしてインクルーシブ教育において私たちがやるべきことは、学校教育が提供しているさまざまな学びの機会に、特別支援ニーズのある児童生徒も、他の児童生徒と同じく最大限参加できるよう実効的な工夫を行うことです。学校が行う特別支援教育は、機会の保障を徹底して、その学びの機会の質を最も高いものとするような工夫が求められています。
ではどのようにすれば、学びの機会の質を高められるでしょうか。ひとつは、ひとりの児童生徒が学校で参加しようとしている学びの機会の「本質」を捉え、その児童生徒個人の特性を鑑みた上で、他の児童生徒と異なる方法であっても、その機会に参加できるように採用していくことです。本質を捉えて他の児童生徒とは異なる方法を採用していくことは、まさに合理的配慮の方法でもあると言えます。
個々の児童生徒の特性と、個々の学習活動とその本質の相互作用で、最適と言える方法は異なります。そのため、教員はその児童生徒ともに、試行錯誤することが必要です。語彙と漢字を学び、自由に使える状態を目指した学びには、鉛筆で細部まで文字の形を正確に綴ることが必要なのか?書くことに苦闘するある児童生徒が、鉛筆でなくキーボード入力で学ぶことに、教師が不安や心配を覚えているとしたら、それはどのような点に対してなのか。書籍を読み、著者の考えや描かれている事実をまとめ、自分の視点と意見を整理してそこに加えた上で、作文にしていく過程に、印刷物の読み書き両方に苦闘する児童生徒が、音声読み上げで聞いて読み、マインドマップで書かれた情報や自分の意見を整理したり、作文の文章として出力することも、音声入力で綴っていくことは、技術的に高度すぎることで、一般の教員ではできないことなのか?教師は、日々の取り組みの中で多くの迷いに出会うと思います。その迷いは、「教育活動として規範的・慣行的に認められないことを自分はやろうとしているのではないか」、「誰かから叱責されるのではないか」という不安から生じることがあります。しかし、教師の迷いと、子どもの学ぶ機会の保障は、混同せず問題を分けて考えることが必要です。まず、目の前にいるひとりの子どもを中心に据えて、その子どもと対話しながら、その子どもが最もよく学ぶにはどんな方法を採るべきかを考え、試行錯誤していくことが大切です。
またその試行錯誤の方法を、教師ひとりが独力で考え、進めていくことには限界があります。そこで他の教師や他の地域の具体例を、リアリティを感じられる水準で知ることができれば、大きな助けになります。どのような状況でそのような工夫を行うことができたのか?児童生徒はもちろん、指導と支援に関係する人々の思いと、学校や教室、家庭の環境面の状況は?何をもって具体的な成果の評価としていたのか?本プロジェクトでは、事例に関する具体的な情報の共有はもちろん、実際にそこに関わった教員とも対話できるつながりがあることで、相互に学びを深めることができています。総合教育センターと地域支援センターの連携で、ひとりの教師を孤立させず、それどこかむしろ、子どもを中心に据えた学びのための個別最適な学び方の実現という共通の目的を目指すつながりの中で、教師が積極的に活躍したり協働することが、もはやひとつのカルチャーとして積み上がりつつあるのではないか、と感じています。このようなカルチャーとそれを支える仕組みを、理想ではなく地域で実際に機能する形で醸成し構築していくことは、これらのインクルーシブ教育システムの実現において、最も重要なことのひとつです。
それからもうひとつ、強調しておきたいことがあります。それは、「今、この児童生徒にどのような支援が必要か」を考えるためには、「今後、その児童生徒にどのような学びの環境がやってくるのかを、支援に携わる私たちがリアリティを持っておくこと」が助けになるということです。中学進学や、高校入試、大学入試、就労への移行と、よく知らない状況に対して予期不安を抱いてしまう状況があると、人は過度に保守的な行動を選んでしまうものです。辛く厳しい不適切な環境も残されていますが、それを乗り越える取り組みや事例、対策のための資源や方法があることもまた事実です。本プロジェクトには、小学校だけではなく、中学校はもちろん、高校からの参加もあり、前述したような、リアリティのある事例の共有とそこでの積極的な工夫を知ることができる繋がりがあります。「今、ここ」を考えるときに、教師や子ども、関係者が、典型的・保守的なものだけではなく、発展的な幅広い支援の状況を知った上で、「将来どうなりたいか」をともに描くことは、子どもを中心に据えた学びを考える上で大変重要なポイントです。
(2)システマティックな支援、体制の整備
本プロジェクトでは、テクノロジーの活用を代表として、学びの本質を実現する様々な代替的な手段を考慮することを、取り組みの中心に据えて来ました。昨今のGIGAスクールによる劇的な環境の変化は、テクノロジーによる支援を「特別な物」という位置付けから解放しつつあります。以前は、タブレットなどのテクノロジー利用は、特別に認められる「合理的配慮」という意味合いが大きかったのですが、最近では、幅広い学び方を実現するために手軽に選ぶことができる「一般的な文具や教材のひとつ」という位置付けになりつつあります。
そうなってくると、これまでは踏み込むことがためらわれていたことにも、児童生徒の支援のために学校がチャレンジすることのハードルが下がってきます。音声読み上げや音声入力、キーボード入力を使った学習やその指導に加えて、単元テストや定期テストなどの評価の場面でもタブレットなどのテクノロジーを使う事例は、本プロジェクトでもよくあるケースとなりつつあります。しかしながら、一部の優秀な教師の献身的な努力によってのみ、それらの取り組みが実現できるようでは、とても持続的に実現可能な教育方法とはいえません。
「音声教材」と呼ばれる教材があります。これは、学習障害や視覚障害等の印刷物を取り扱うことが難しい児童生徒のために、教科用図書をアクセシブル(利用できる形になっていること)にした「教科用特定図書等」のうち、主としてデジタル技術によってアクセシブルな形式にした教科書のことです。音声教材については、文部科学省がその開発と提供、利用促進について積極的な取り組みを行っており、本プロジェクトでも、総合教育センターが音声教材の試用や入手、利用の支援を行っています。また、音声教材の取り組みの成果を参考に、学習者用デジタル教科書にも、音声読み上げなどの特別支援機能が標準で備わるようになって来ています。
一方で、教科書以外の、単元テストの問題用紙や解答用紙、参考書や問題集、一般図書などの資料についてはどうでしょうか。これらの資料をアクセシブルにしたものが楽に入手できるような体制はまだ存在していません。文部科学省が取り組む音声教材のインフラのようなものがあればよいのですが、実際には地域や学校で独自に選ばれている資料も多く、全国的なインフラには向いていないところがあります。となると、個々の学校や教員、保護者が何らかの努力をしなければ、学習障害や視覚障害等のニーズのある児童生徒が、教科書以外のこれらの資料を入手することはできないのでしょうか?実際には、地域内で効果的な連携を作ることで、この課題のハードルを下げることができます。
今年度、具体的には、ある学校の学校図書館と、地域の特別支援教育を支援するリソースである大学が連携して、単元テストをアクセシブルにした資料を作成し、学校図書館を通じてそれを他の学校とも共有できる仕組みづくりの試行を行うことができました。このように、著作権法の特例措置を活かして、学校図書館や公共図書館、大学図書館等が連携し、地域のボランティアなど様々なリソースをつなぐネットワークを地域独自でつくることで、将来的には、教師など個人の献身的な努力のみに依存しなくても、特別支援教育ニーズのある子どものために、その地域で使われている資料がアクセシブルになったものが楽に手に入るようになるシステムがつくられることを期待しています。
合理的配慮という個別で特別な取り扱いだったことが、一般的に選ぶことができる選択肢になり、またそうなると、その選択肢を選ぶことが負担とならないように、地域システムでそれを支える仕組みが求められるようになります。求められたときに、仕組みづくりに実際に取り組むかどうかが、その地域でのインクルージョンを前に進めるか、立ち止まったり諦めるかを決める分かれ道になります。京都府では、多くの人々の協力で、前に進める道へ進もうとしています。本プロジェクトの実践で行われてきたことが、京都府内のすべての学校で当たり前に選べるようになる道です。京都府という地域で、教員の特別支援の実践を支えるセンター的機能と各学校へのアウトリーチや伴走支援を行う地域ネットワークの仕組みに加えて、資料のアクセシビリティを支える仕組みという面でもシステマティックな取り組みが生まれようとしていることに、大きな期待を寄せています。
