続ける力

卒業生からのメッセージ
今回メッセージを送ってくれたのは、在学中からとにかく積極的、好奇心も旺盛で様々な分野に前向きに取り組んでいた先輩です。ここまではよくある紹介文ですが、とにかく彼女がすごいのは、即行動に移す行動力、そしてそれを折れずに持続する力です。
ある作家が「〇〇したい人は10,000人いても、はじめる人は100人、そして続ける人は1人」と表現されていますが、まさに彼女はその1人といえる人です。

初めまして、京都こすもす科人間科学系統2019年度卒業生の小杉泉です。

卒業論文を提出し、卒業間近となったドイツ、ハイデルベルク大学の哲学系統歴史学科三回生です。

 
私の経歴を簡単に表にしてみました。 

2014 スイス人の観光客との出会い

2016 嵯峨野高校入学

2017 ドイツ留学(10カ月[単位交換なし=高校は1年留年])

2019 嵯峨野高校卒業 後 ハイデルベルク大学進学(10月)

2022 ハイデルベルク大学卒業予定

[高校以前]

8人兄弟の5番目で、兄二人と弟二人の間で育ったことによって精神面を鍛えられたと思います。スイカを机から転がして落とすほどの腕力もあったとのこと。

人生の転換期となったのは14歳の時でした。陸上部の先輩の大会応援のためにバスに乗ったところ、ぎゅうぎゅう詰めで、一番後ろの5人席に座っていた、観光客と思われる一家が席を詰めて、座らせてくださいました。(写真1) 当時の習ったばかりの英語で、その人たちはスイス出身ということが判明し、早速図書館でスイスについての文献を読み漁りました。「ただの観光で行くのもあれやし、住みたいなあ」と一念発起、スイスの公用語の一つ、ドイツ語を学ぶためにドイツ留学の意思を固めました。

〔写真1〕人生を変えたスイス人の女の子とバス内で                                           

[高校時代]

当時のメモ帳を見ると、様々な場所で出会った人々から得た知識や発想、それをもとに描いた将来像など、興味深い内容がびっしりと書いてあります。高校の先生ともよく将来について語り合いました。図書館は素晴らしい本が幅広くそろえてあり、司書の先生も大好きだったので足繫く通っていました。当時図書室にいらした化学の先生と語ることも好きでした。職員室に行くことも多かったと思います。色々な先生がいらして、その時々異なる先生と話をしました。メモももちろん(ほとんど)常時携帯していました。私独特の「やかましい」ノックのおかげで、職員室にノックをしただけで、気づいてもらえるのは私だけだっただろう、という自負があります。開ける扉を間違え、印刷機にぶつかることも多々ありました。

留学前後を含め、高校生になってからは、人生で初めて尊敬し、追いつきたいと思える友人が数多くできました。留学後のクラスでできた友人の中でも、ある一人とは、よくいろんな分野の話をしました。政治や宗教に至るまでの話ができた貴重な相手だったと思います。こうした経験は、自分らしさを探求しはじめるきっかけになったと思います。 

[留学中]

留学前はドイツ語は全く話せませんでした。せっかく奨学金(トビタテ留学Japan)をもらえるのだから、ドイツ語は絶対習得したい、と意気込み、SNSは見ず、必要な連絡は全て英語で行ってもらいました。最初は友達もできず、学食での沈黙が苦痛でした。テストでは問題文自体が理解できず、号泣して机にティッシュの山ができたこともありました。ドイツ語が徐々に話せるようになると、日常生活がかなり楽になったと思います。また、留学期間を通じて世界各国からの友達ができたのも、留学で得た、かけがえのない宝物です。(写真2) 留学中のカルチャーショックよりは、帰ってきてからのショックのほうが大きかったように思います。日常生活において、些細に見えることに対する見方を変えてくれた経験でした。

〔写真2〕メキシコ・スイス・アルゼンチンからの留学生の友人     
〔写真3〕哲学の講義中 後ろは教室の窓
テラスに出るとハイデルベルク城が見えます。

次回に続く