自分の興味の範囲を狭めないように

 卒業生からのメッセージ

 初めまして。2016年に京都こすもす科共修を卒業しました、中瀬英郁と申します。
 昨年度、北海道大学大学院 水産科学院の修士課程を修了し、今年度、同大学院の博士後期課程に進学しました。現在は魚類の生殖生理学を専門とし、ニホンウナギの「性分化」における分子的なメカニズムに着目した研究に取り組んでいます。

函館の隣町、七飯町の実験所に設置されたウナギ飼育水槽 
(一見ゴミ置き場のようにも見えますが、自然に近い環境でストレスを与えないよう育てるため、わざと手を加えていません。実際、この中でシラスウナギを育てるとメスに分化する個体が出てきます。)

⦁ なぜ、ウナギなのか
 私は幼少期から生き物、特に魚が大好きで、川で魚を捕まえては家に持ち帰って繁殖させる、ということを趣味としていました。中学時代に自分の将来について考えるようになり、好きなことをして社会に貢献したい、と考えがまとまったのが高校入試の頃でした。その際、数年前にウナギの完全養殖が達成されたことや、天然ウナギの卵が世界で初めて見つかったことが報道されていたことを思い出し、ウナギの増養殖研究に追い風が吹き始めていることに気が付きました。また、完全養殖は達成されたものの、市場流通に向けた課題は山積みである、ということを知り、自分が活躍できる余地があると考えました。そこで、自分の夢は「ウナギの完全養殖を実現する研究に携わること」となりました。
 夢を追いかけ、北の大地へとやって来たわけですが、一口に「ウナギ」と言っても、研究分野は多岐にわたります。冒頭でも述べた通り、ウナギは複数個体で飼育すると、ほとんどの個体が「オス」になってしまいます。どうしてそんな不思議なことがウナギでのみ起こるのか、その神秘に魅せられて、私はウナギ研究の道に足を踏み入れました。

⦁ ウナギならではの難しさ

シラスウナギ
(年々価格が上がっており、今年は1匹2000円以上するそうです)

 我々日本人がよく知るウナギは天然・養殖を問わず、全てが天然のシラスウナギ(ウナギの赤ちゃん)が成長したものです。シラスウナギの資源量は近年激減していることから、完全養殖の実用化、天然資源の保全が求められていますが、それには高い壁がいくつもあります。
 完全養殖を実用化する上で、ウナギを人の手で殖やす必要がありますが、その際の課題として、「複数個体で飼育するとほとんどの個体がオスになる」、「何もしなければ成熟しない」、「卵を産ませるのが大変」等が挙げられます。近年、それぞれに対して商業利用を見据えた解決策が見出されつつありますが、「複数個体で飼育するとほとんどの個体がオスになる」ことに対しては、未だ有効な解決策は確立されていません。
 この「オスになる」原因を突き止めるため、私はウナギの「性分化」における分子的なメカニズムを明らかにしたいと考えています。

実験台の上のウナギと私
(麻酔をかけておとなしくなったウナギにホルモンを注射しようとしているところです。)

⦁ 「性分化」と「ストレス」
 「性分化」とは、動物の成長に伴い、性が決まっていない生殖腺が卵巣または精巣に分化する過程のことを指します。つまりメスかオスになる過程のことを言います。性分化には、生殖腺の分化に影響を与える遺伝子の発現が雌雄間で変動する「分子的性分化」のフェーズ、および雌雄で異なる遺伝子発現の影響を受け、生殖腺の見た目が変化する「形態的性分化」のフェーズが存在します。この、「分子的性分化」のフェーズに雌性ホルモンが産生されると、生殖腺は卵巣に分化する一方、雌性ホルモンの産生が抑制されると生殖腺は精巣に分化すると考えられています。

生殖腺の組織観察画像
(直径100 μmから200 μmの丸いものがたくさんみられますが、これは卵の元である「卵母細胞」と言います。卵母細胞がみられることから、この生殖腺は形態的に卵巣に分化していると言えます。)

 ウナギでは、飼育密度、すなわち他個体の存在による「ストレス」が、雌性ホルモン産生を抑制すると考えられています。それが原因となり、「普通に飼ってもほとんどの個体がオスになる」と考えられますが、その分子メカニズムは明らかになっていません。そこで私は、何が卵巣分化を誘導するのか、そして「ストレス」がどのように卵巣分化を阻害するのか調べています。

⦁ 「ストレスでオスになることの問題点」
 ウナギはストレスでオスになってしまうことから、エサに雌性ホルモンを混ぜて無理やりメスを作出しているのが現状ですが、これには問題があると私は考えています。
 それは、本来遺伝的にオスである個体に雌性ホルモンの投与をしてしまい、無理やりメスにしてしまう可能性があるということです。ウナギに遺伝的な性があるのかについては未だ明らかになっていませんが、仮に遺伝的な性があった場合、遺伝的オスまたは遺伝的メス同士を交配させてしまう、ということになってしまいます。この交配は、次世代のシラスウナギに、本来の遺伝的なオスとメスの交配では生じない、遺伝的な性の偏りを生じさせるおそれがあります。資源保護のため、そのシラスウナギを種苗放流した場合、自然界でストレスやホルモンの影響を受けずに、遺伝的な性に従って性分化してしまうことが予想されます。すると放流されたウナギはオスばっかり、もしくはメスばっかり、ということになってしまいます。これでは再生産が上手く行われず種苗放流の効果が薄れてしまいます。そこで「ストレスでオスになる」原因を突き止め、ストレスの影響を受けないウナギを作出できるようにすることで、資源回復に寄与したいと考えています。

⦁ 「何が雌性ホルモン産生を抑制するのか オス化の謎に迫る」
 修士課程では、卵巣において高い発現がみられる因子が雌性ホルモン産生を活性化する一方、精巣において高い発現がみられる因子が、卵巣で高い発現がみられる因子と拮抗することによって、雌性ホルモン産生を抑制することを初めて明らかにしました。今後、それら因子とストレスとの関係を調べることで、その分子メカニズムを明らかにできるかもしれないと考えています。オス化の謎を突き止めて、雌性ホルモンを与えなくてもメスが作出できるようにする、そんな大きな野望を抱きながら、地道に実験を積み重ねていこうと思います。

⦁ 道は選べる方がいい
 高校生の皆さんの中には、今まさに「やりたいこと」を探している人がたくさんいらっしゃると思います。そんな人にとって、自分の将来を想像することはとても難しいことだと思います。将来に不安を抱える人に私からアドバイスできることは、「あまり興味の範囲を狭めない方がいい」ということです。

 私の場合、高校入学以前から自分のやりたいことがある程度定まっていましたが、当然、将来望んだ通りになるかもわかりませんでしたし、迷いもありました。そんな不確定な自分の将来に、何があっても困らないように、色々な未来を想像しました。そのためには、広く様々なことに目を向ける必要がありました。

 具体的には、知らないことを見つけたときに、それについて少し学んでみるようにしました。すると、それまで面白いと思えなかったことでも、好奇心をかき立てられる事柄が隠れていることがわかりました。「好きなことをしたい」と考えていた私は、興味の範囲が広がったことで、ウナギの研究ができなくても何とかなりそうだ、と思うことができました。それと同時に、途中で他の道に移ることもできるのだから、今は安心して夢に一直線に向かって行っていこうと決意を固めることができました。

 今考えると、何かきっかけさえあれば、他の道に進んでいてもおかしくなかったと思います。実際、修士課程在籍時には、他の道に進むことも考え就活にも取り組みました。その上で進学を選択したのは、どうしても今の自分に課せられたテーマを納得できるところまで終わらせたかったからですが、仮に他の道に至っていても、後悔することはなかったと思います。なぜなら、どの道も自分が面白いと思ったことだったからです。

 高校生の皆さんはこれから人生の岐路に立つたびに、大いに迷うことでしょう。そんなとき、色々な道を比較して選べるとしたら、選んだ道にきっと愛着を持つことができると思います。人生を振り返って後悔することのないよう、これから夢を探す人はもちろんのこと、既に夢を持っている人もぜひ、自分の興味の範囲を狭めないようにしてみてください。(中瀬)                   

 ウナギの増養殖の研究に興味を持たれた方は、こちらのHP(コース: ウナギの人工種苗生産 (hokudai.ac.jp))を是非ご覧ください。ウナギの他にも、北大で行われている海の生き物や海に関する研究についてわかりやすく紹介されています。