研究の指導助言

GIGAスクール構想時代のICT活用
令和3年度 東京大学先端科学技術研究センター 近藤武夫 准教授

 GIGAスクール構想で、学校での「学び方」は、ついに歴史的に新しい局面に入ろうとしています。京都府総合教育センターでは、平成28年(2016年)頃、まだ学校に子どもたちが自由に使うことができるコンピューターがなかった頃から「読み書きに特別支援ニーズのある子どもたちが、自ら学ぶための道具として使うことができるツールを」と考えて、ICTを活用した学びに取り組んできました。毎年一歩ずつ、通級指導教室(以下「通級」)から教室や家庭学習、テストなどでの評価、中学校への移行支援、センターによる組織的な学校バックアップ体制構築へと「児童生徒の学びの機会を保障するためのICT活用を広げること」に軸を据えつつ、着実な取り組みを発展させてきています。思えば取り組みの初年度は、企業や団体に協力を願ってタブレットをお借りし、「通級で使っても自宅に持ち帰ってもよく、壊れても怒られない自由な道具」を用意して、最初の事例づくり、通級の先生方と協力した連携づくりに勤しんだことが懐かしく思い出されます。それが今や、GIGAスクールにより、学校には児童生徒一人一台コンピューター環境に加えて高速なインターネット接続もある、という状況になろうとしています。

 もちろん、機器やネット接続だけに着目すれば、もう10年前から当たり前に存在していたともいえることかもしれません。他国の学校では、早くからインクルージョンのためにコンピューターを活用してきた国もあります。例えば2010年に私が米国ワシントン州の大学に所属していたときに、地元の教育財源がとても豊かだったある学校区に訪問しました。そこでは学習障害や弱視、肢体不自由などの特別支援ニーズのある子どもたちが、通常のクラスにごく普通に在籍して、インターネット(政府教育相が用意したサーバー)からダウンロードした教科書デジタルデータとノートパソコンで、音声読み上げなどを使いつつ学んでいる様子が既に一般的になっていて驚いたことを思い出します。そもそも、米国では早くから学習障害のある子どもたちへのコンピューター利用が注目されていて、1980年代にマイクロコンピューターやキーボードが登場したときには「LDのある児童生徒を熟達した書き手にすることができるかもしれない」と期待を述べた論文も書かれています。日本では今、どの公立学校にも、それを技術的に可能とする環境が整い始めています。あとは、私たちの頭の中に従来型のままに刷り込まれてしまっている「標準的な学び方」のアップデートをするだけです。

 近年のインクルーシブ教育をめぐる価値観の変化から、この文章を読んでくださっているあなたにも、特別支援教育のニーズという視点から、教室での学び方にまつわる多くの社会問題が見えるようになっているのではないでしょうか。級友と一緒に授業を受けること、宿題を仕上げること、試験をクリアすることに大きな困難を感じている子どもたちは、さまざまな発達障害やそれに類する特性を背景として持ち、読むことや書くこと、計算することに苦闘している子どもたちである可能性がわかり始めているのではないでしょうか。さらに、それが子どもたちの能力不足から来ているのではなく、従来型の「標準的な学び方」が学びの障壁となっていることにも、気づけるようになりつつあるのではないでしょうか。

 日本ではインクルーシブ教育への移行が始まったのは2012年で、かつ、そのための法的な権利保障(障害者差別解消法による不当な差別的取り扱いの禁止、合理的配慮の提供、環境の整備を求める法律)が追いついたのは2016年からです。私学でも今後2024年までに、改正障害者差別解消法が施行されて合理的配慮が義務化され、現在、公教育が歩んでいる道のりを歩み始めることになるでしょう。インクルーシブ教育を支える仕組みの手薄さをどう乗り越えていくかは、未解決の大きな課題です。

 通常の学級に所属する子どもたちにとっては、「標準的な学び方」を所与のものとする環境の中で生き抜いていかねばならない現実的な課題は残されたままとも言えます。子どもたちは、小学校で(基本的には障害のない子どもたちを想定した指導環境の中で)学びの基礎を身につけ、中学校・高校への入試や選抜を経て、特別支援教育の文化が手薄な中等教育の環境に赴き、そこに適応することを求められています。適応することに難しさを感じている子どものうち、特別支援教育のセーフィティネットに捕捉されることがなかった子どもたちは、学校を去ったり、不登校や「ここではないどこか」に行かざるを得ない、まだまだそんな状況があります。もちろん、別の場所で学ぶことを選ぶのも、子どもと保護者の権利でもあり、充実した選択肢を増やすこともまた必要です。ただ、今ここにある学校と教室が、多様な子どもたちを歓迎できないような状態であって良いわけがありません。子どもたちにとって「自らの学び方に適していない環境を生き抜くための努力」が果たして必要でしょうか。その子たちの学び方に適した方法で学ぶことができれば、学校はサバイバルの現場ではなく、自らが受容され、歓迎され、学びを深めることができる場所となります。ICTの活用によって、学校教育全体に期待されるようになった「個別最適な学びと協働的な学び」の背景には、学校という環境全体がインクルーシブな場所として変容していくことへの期待が込められているに違いありません。

 インクルーシブ教育と個別最適な学びは、教師個々人だけの責務にして実現できることではありません。子どもたちを支援したいという気持ちがあっても、どう取り組んでいいのか、日々の中で不全感を膨らませている先生方も多いはずです。特別支援教育とICT活用の専門性を活かして、それぞれの学校や教員をバックアップする地域支援体制は、インクルーシブ教育の時代に不可欠な要素なのです。京都府総合教育センターがその地道な取組により蓄積してきた、ICT活用により学びを保障する事例と、そのための具体的な環境調整に関する知見、そして個々の学校や教師をバックアップする地域支援は、GIGAスクール時代への突入で、「あったらいいもの」「付加的なグッドプラクティス(より良い実践)」ではなく、すべての学校に今まさに必要とされるものとなりつつあります。京都府総合教育センターの本取組の更なる発展と継続が、社会的に期待されています。

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