9年修学旅行事前学習

 9年生は、5月14日(水)~16日(金)に、長崎へ修学旅行に行きます。それに向けて、8日(木)に事前学習を行い、吉田地域講師にお世話になりました。いつもありがとうございます。

 事前学習については、すでに前年度から行っており、このコーナーでもお知らせしています。(令和7(2025)年2月28日の記事「8年 次年度修学旅行に向けての事前学習 | 福知山市立三和小学校・三和中学校(三和学園)」参照)

 8日(木)の事前学習では、修学旅行1日目に千羽鶴を奉納する『未来を生きる子ら』像(ふりそでの少女像)にまつわる話を聞きました。

 戦後、長崎の消防職員となった松添さんは、昭和20(1945)年8月9日、14歳で被爆し、右脇腹に火傷を負いました。その10日後、治療によって火傷がほぼ治った松添さんは、井桁型いげたがたの木の上に寝かされた、ふりそで姿の二人の少女を目撃します。二人はすでに亡くなっていて、正に荼毘だびに付されようとしているところでした。ふりそでは、恐らく少女たちの家族が着せたのだと思いました。松添さんは、焼かれる少女たちを見るに忍びなくその場を離れましたが、この時の光景が忘れられなかったのだそうです。

 昭和49(1974)年、「原爆の絵」の募集に際し、日本画の素養がある松添さんは、一晩でふりそでの少女たちの絵を描き上げました。絵は、『悲しき別れ一茶毘』と題されました。この絵が世に出ることをきっかけに、少女たちの身元が判明し、一人の少女の母親が綾部市におられることも分かりました。

 後のことは、平成8(1996)年3月に完成した、『未来を生きる子ら』像に付けられた碑文から引用します。

「(前略)戦後50年の春、『悲しき別れー荼毘』に描かれた一人の少女、福留美奈子ちゃんの母、志なさん(93歳、京都府綾部市在住)の『長崎に平和を祈るお地蔵さんをたてたい。』という願いをつづった一通の手紙が綾部中学校生徒会に届いた。原爆にわが子を奪われた母の思いを折り鶴に込めて、ヒロシマへ行く私たちに託し続けてこられたおばあちゃん。過去の歴史と現実について学んできた私たちの胸に、おばあちゃんの願いは強く響いた。その願いをかなえたいと、中高生の仲間、父母、先生、地域の人々が集まり『長崎にふりそでの少女像をつくる会』が生まれ、募金活動が始まった。像をつくって終わるのではなく、そこから世界へ平和を考える輪を広げたい。そんな私たちの思いに共感して下さった全国の方々の支援と、像制作にたずさわった多くの方々の熱意と努力によって、像は完成した。核兵器のない自由で平和な世界を願い、ナガサキから世界の青空へと舞い上がる二人の少女によって人々の思いは一つに結ばれた。(下略)」

 9年修学旅行は、平和について多く学ぶとともに、世界の様々な国と日本とのつながりを意識する機会とします。他の国の文化を知り、それぞれの良さを理解することは、戦争のない持続可能な社会の実現に向けて必要不可欠であるからです。9年生にとって、長崎での3日間は、人生の上でも貴重な3日間となるはずです。

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