3年では、三和創造学習や社会科で防災についての学習をしてきました。去る12月4日(木)には、福知山市消防防災センターを見学してきました。(その時の様子については、12月8日(月)の「3年社会科 福知山市消防防災センター見学 | 福知山市立三和小学校・三和中学校(三和学園)」の記事をご覧ください。)
12月18日(木)に、芦渕地区の大平団地から芦渕橋周辺の消防設備を探索しました。3グループに分かれ、地図に示された消防設備を探して歩きました。どのグループもスムーズに設備を見付けることができました。中には、地図には載っていない防災倉庫を見付けたグループもありました。









次に、リバース647かわい承学校(旧・川合小学校)へ行きました。ここで、吉田地域講師から七輪での火起こし体験をお世話になるため、燃料である木の葉を現地調達しました。大きな北山杉からたくさんの葉が落とされていました。子どもたちは、乾いている葉を選んで次々袋に詰めていきました。






トラックに積んだ藁を見せていただき、昔は、藁を使っていろいろな道具を作っていたのだと教えていただきました。藁縄を引っ張ってみると、とても丈夫なことも分かりました。



校舎内の3階には、昔の道具が置いてある部屋があります。今回は、稲藁を使った道具を教えていただきました。昔は、農作業が落ち着く農閑期に、草鞋や藁靴、菅笠や麦藁帽子、簔、筵など、いろいろな道具を手作りしたのでした。






三和町の立体地図が置いてある部屋も見学しました。そこで、川合地区や三和学園の場所を確認するとともに、川の流れや溜池の場所を押さえました。三和町は、山間部にあり、川が宅地より低い所を流れています。昔は、火事の際に、水を川から汲み上げることが難しかったので、溜池を各地に造ったのでした。拍子木を打って火の用心を訴えることもあったと教わりました。



外に出て、いよいよ火起こしの体験です。七輪に燃えやすい紙を入れ、その上に先ほど集めた杉の葉を重ね、最後に炭を乗せ、マッチで火をつけました。火を大きくするために火吹き竹を使いました。煙が目に入って痛くなることもありましたが、多くの子どもたちが火吹き竹を使う体験をすることができました。






この体験の後に、吉田先生から、昔は、調理に火を使うことが多く、現代に比べて火事につながることが多かったということを教えていただきました。
最後に、大原神社へ行きました。230年前の火事の後に造られた防火水槽などを見ることができました。



大原神社に連なる摂社「火防の社」火神神社と、「鮭魚化神」を祀る飛瀧峯社へ行き、林宮司に解説していただきました。火神神社では、毎年2月3日に鎮火祭が行われ、豆がまかれるそうです。飛瀧峯社には、この地に悪しき事があれば鱒、不浄の事があれば鮭が水面に姿を現すという言い伝えがあるそうです。昔、大原の人は、鮭を食べなかったと聞き、驚く子どもたちでした。






さらに、本殿で、この地に伝わる「蛇のひげ」の紙芝居を読み聞かせてくださいました。応仁2(1468)年、蛇ヶ谷では、妖怪が出るという噂が立ち、住む人がいなくなっていました。それを伝え聞いた石粉主利之助という弓の名手であった武士が、妖怪退治にやって来ました。主利之助が山に入ると、「お前がいかに弓矢が得意でも、我には通じぬ。帰れ!」という声が聞こえます。見ると、空に妖しい光が輝いており、主利之助は、その光を目がけて矢を撃ち込みました。轟音とともに光は飛び去りますが、主利之助は、これを追いかけ、2本目の矢を撃ち込みました。すると、恐ろしい顔をした蛇(龍)が現れ、主利之助を威嚇しました。さらに矢を放つと、矢は、龍の鼻に当たり、龍は、余りの痛さにひげを落として逃げていったのでした。この話は、巻物に記され、蛇のひげとともに、大原神社に奉納されました。
ということで、蛇のひげと巻物の「実物」を見せてくださいました。子どもたちは、大変驚きながら、興味深く見入っていました。






さて、かわい承学校で火を起こした炭を、吉田先生が火鉢に入れて届けてくださいました。何と、その火でお餅が焼かれていました。聞くと、川合の米で作られた餅だそうで、その場にいる全員で美味しく頂きました。子どもたちにとってうれしいサプライズでした。






防災のみならず、三和地域のことをたっぷり学ぶことができた半日でした。林様、吉田様、ありがとうございました。