DNAを用いた植物の系統解析及び同定の高校授業での展開法に関する研修会

このページは、2006年12月2日(土)、9日(土)の二日間、久御山高等学校で行なわれた教職員研修会の様子を、京都府生物教育会誌に寄稿したものを、web用に再編集したものです。

本校では、2003年度より総合的な学習の時間を活用して、植物のDNA塩基配列解読による分子系統樹の作成を目標とした、植物系統分類学の授業を実施してきています。この授業は、京都大学人間・環境学研究科の徳岡徹博士の教えを受けながら、試行錯誤を繰り返しながら積み上げてきたものです。4年間の実践の中から、ほぼ一年を通してのマニュアルができあがってきました。徳岡先生の少しでも植物系統分類学を高等学校に広めていきたいという意向と、私も自分の4年間のまとめをしておきたいという考えが一致して、この研修会を企画することになりました。

講師として徳岡徹博士、ティーチングアシスタントとして京都大学大学院理学研究科で研究員をされている篠原渉博士をお迎えして12月2日、9日の2日間研修会を実施しました。京都府内から、16名の先生方の参加がありました。先生方の熱意のおかげで、私にとってはとても楽しい研修会となりました。その内容を報告させていただきます。

12月2日(土)
T.キットによるDNAの抽出からPCR増幅まで

午前中にキットを利用したDNAの抽出実験を行ないました。使用したキットはPlant Genomic DNA Mini (VIOGENE社)です。この抽出でサンプルにした植物は、徳岡先生が採取した植物と、本校の生徒が採取した植物を使用しました。一人2サンプルで実験をしました。これまでの経験から、PCRを成功させるポイントは二つあります。ひとつは新鮮な葉を用いること、もうひとつは使用する葉の量です。どうしても多めに葉を使ってしまいますが、DNAの濃度が高いとPCRがうまくいきません。この日は植物の葉を4mm角と限定して実験しました。葉の量さえしっかりしておけば、相当ラフな実験でもPCRは成功します。キットの抽出だと生徒実験でも8割ぐらいは成功します(2005年度76% 2006年度 83%)。今回の先生方の実験でもキット抽出は81%のPCR成功率でした。失敗したケースの多くは、先生方が採取された植物がかぶらないように、急きょ使用した生徒のサンプルが新鮮でなかったのが原因と考えています(これを除くと90%の成功率)。失敗した先生には申し訳なかったです。生徒のサンプルは採取してから半年程度経過していました。採取した葉はシリカゲル中で乾燥しておくのですが、3ヶ月を過ぎるあたりから少しずつPCRの成功率が悪くなっていくようにこれまでの経験から感じています。DNAの断片化が起こっているのかなと考えたりしていますが、原因はよくわかりません。もし、ご存知の先生がおられたら、教えてください。
抽出したDNAを用いてすぐにPCR増幅を行ないました。系統解析でよく用いられる葉緑体上のrbcL遺伝子領域をこの時は増幅しました。(今回は核18S rRNA遺伝子についても実験しました。)

U.CTAB法によるDNAの抽出
午後からは、サーマルサイクラーでPCR増幅を行なっている時間を利用して、今度はCTAB法による抽出実験を行ないました。サンプルは各自が採取してこられた植物を一人2サンプルで実験していただきました。CTAB法で抽出したDNAのPCR増幅は、キットに比べて成功率が少し低いですが(今回の先生方の実験で72%の成功率)、比較にならないくらい安価であるのと、うまくいけばDNAを目視することができる利点があります。表1に現在行なっているCTAB法での抽出手順をまとめました。4年前、この実験を開始した頃のマニュアルをかなり改変して、現在では2時間程度で抽出することができます。慣れてくれば、8割を超えるPCRの成功率になります。今回の研修では紹介できませんでしたが、CTAB法だけでは精製が不十分なのでPCRが失敗する場合もあります。そんなときは、DNAがガラスに吸着する性質を利用した精製キット(GeanClean Ukit)を使用して精製したりします。

表1 改良したCTAB法の手順

操作

実験内容

乾燥した植物の葉(4mm角)をHEPES緩衝液1ml中ですりつぶす。5000rpmで3分間遠心分離してHEPES緩衝液を取り除いた後、再度HEPES緩衝液1mlを加えて、vortexし葉を洗浄する。同様に遠心分離後、HEPES緩衝液を取り除く。

洗浄した葉に560μlCTAB抽出液を加えて、65℃でインキュベート(2030分間)する。

クロロホルム-イソアミルアルコールを500μl加えて混合後、14000rpm2分間遠心分離する。上清を回収する。これを2回行なう。

回収した上清に2-プロパノール400μlを加えて混合し、14000rpm2分間遠心分離してDNAを沈殿させ、液を取り除く。

70%エタノールを500μl加えて混合し、DNAを洗浄する。14000rpm2分間遠心分離して70%エタノールを捨てた後、DNAを減圧乾燥する(10分間)。

TE100μlを加えてDNAを溶解する。

V.バンドチェックとPCR産物の精製及びサイクルシーケンス反応
CTAB法による抽出ができた頃にはPCR増幅が終了していました。そこで、いよいよPCRの成否を見るバンドチェックです。PCR増幅をしたサンプルの少量をアガロースゲルで電気泳動し、DNAを染色して単一バンドが現われればPCR成功です。通常研究室では、DNAの染色はエチブロを使っていますが、エチブロは発癌性が高いので、高等学校現場にはふさわしくない試薬です。そこで、今回は染色法としてエチブロ、サイバーセーフグリーン、ミューピッドブルーの3種類見ていただくことにしました。サイバーセーフグリーンは感度が高く、発癌性が低いのが売り物です。しかし、本校で使用しているブラックライトを用いた簡易のトランスイルミネータでは発色の程度が低いのと染色時間がかかる点、そして高価なのが難点です。ミューピッドブルーは発癌性がなく安価であるのですが、染色後の処理に時間がかかります。しかし、染色後の処理をして1日放置すればバンドをしっかり確認することができるので、本校では來年度からミューピッドブルーを生徒実験で行なう予定です。


     ミューピッドブルーによる染色

バンドチェックの後、PCR産物の精製を行い、シーケンサーにかけるための準備として、サイクルシーケンス反応のためのサンプル調整を行ないました。全部の実験が終了したのは5時をかなりまわっていたと思います。参加された先生方、大変ごくろうさまでした。

12月9日(土)
W.サイクルシーケンス後の精製

サイクルシーケンス後の精製実験をまず行ないました。時間の関係で、サンプルすべてについては行なわず、プロトコルがわかるように、1サンプルについてのみ精製してもらいました。この段階は、遠心分離の時間が長いので、その時間を利用してシーケンサーの原理の学習とシーケンサーを開発したときの技術的な工夫のVTRを見ました。


X.シーケンサーから得られたデータの処理
実験室での実験はこの段階までです。次はコンピュータ教室に移動して、シーケンサーから得られたデータの処理について研修しました。シーケンサーから得られたデータファイルは光シグナルの波形データです。また、rbcL遺伝子は1400塩基程度の長さがあり、シーケンサーで1回では読めないので、2分割して読んでいます(上流側、下流側それぞれを2分割するので、計4個のデータをもとにして塩基配列を解読する)。まず、4本の波形データから塩基配列をよみとり、つなぎ合わせます。これは、phred(塩基配列の読み取り) phrap(塩基配列の統合)というソフトで行ないます。Phred phrapを使うためには、MS-DOSのコマンドラインが使えなくてはなりません。研修に参加された先生方も、四苦八苦された方も多かったと思います。塩基配列の読み取りがうまくいっていないと、つなぎ合わせがうまくいかなかったりするのですが、今回はうまくできてほぼ全員塩基配列がつながりました。
次に、実際の波形データを見ながら、編集を行ないます。これは、phred phrapでできた配列の中に読み取りの品質が悪い部分があったり、抜け落ちている部分があったりするので、それを波形データを見ながら手動で訂正して塩基配列を確定していく作業です。BioLignというソフトを用いて行ないます。このソフトはGUIのソフトなので、先生方もそんなに苦労せずにできたのではないかと思います。

Y.分子系統樹の作成
塩基配列が完成したら、それをもとに相同性検索をします。自分のサンプルがDNAデータバンクに登録されているどの植物と一番近いかを探すわけです。ところがどういうわけか、この日は国立遺伝学研究所のwebサイトにアクセスすることができませんでした。おそらく、サーバーがメンテナンスをしていたのかと思います。せっかく研修に来ていただいていたのに大変残念でした。
そこで、予定を急きょ変更して、簡単な分子系統樹の作成を行なってもらいました。先生方が実験された植物の塩基配列データの中から10種類ほどを任意に選んでいただき、それをまず整列させます。できあがった塩基配列は読みはじめがバラバラなので、各データの塩基配列が他のデータの塩基配列とどう対応しているのかわかりません。それを整列させてデータ間の対応がわかるようにします。通常webサイトにあるclustalWで行なっているのですが、使えないので、BioEditというソフトの中に組み込まれているclustalWで整列させました。次に、その整列させたデータをdnaparsという系統解析ソフトで計算させて分子系統樹を作成し、それをTree Viewで表示しました。
さすがに、生物の先生方です。すぐに、系統関係を見抜いてよく一致していると言っていただきました(悲しいけれど私にはすぐにはわからないのです)。そして最後に、全員の全データを系統解析した分子系統樹(整列を厳密には行なわず、非常にラフな形であらかじめ作成しておいた系統樹(DnaparsではなくPAUPというソフトを使って計算しました)を配布して、再度検討していただきました。現在研究されているAPG植物分類体系の分子系統樹とも比較しました。今回作成した系統樹は、うまくできている部分とそうでない部分とが混在した感じでした。分子系統樹は、あくまで再節約法(他にも再尤法とかNJ法とかがあります)にもとづいた計算の結果なので、現実の形態データから得られた結果との検証が必須となります。

Z.諸費用について
最後に、実際にこの実験を展開する場合の費用についての検討を行ないました。ランニングコストはそれほど高くはありません(CTAB法であればほとんどかかりません)が、やはりシーケンサーにかけるためのキット(BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit)にかかる費用が一番高いです(400円程度)。また、今回はシーケンサーの使用料は入れていませんが、外注すると1サンプルについて安くても3000円程度になります(1サンプルで、4回シーケンサーにかけないといけないから)。私はたまたま徳岡先生に頼めたから、この実験ができたわけですが、シーケンサーが安価に利用できないとなかなか難しいです。
さらに、マイクロピペットや遠心分離機を購入するための備品費が初期投資としてかなりかかります。私は、初年度は京都府のきらめく魅力推進事業、2年目、3年目は科研費(奨励研究)、またランニングコストはsppの費用でまかないました。サーマルサイクラーに関しては、当初は大学へ運んでPCRをしていただきました。2年目は京都府農業資源研究センターにお願いしていましたが、運良く科研費があたって購入しました。京都府農業資源研究センターには公開実験室もあるので、オートクレーブをさせてもらったこともあります。高等学校の授業で必要なのですがと尋ねてみると、サーマルサイクラーについては利用可能だというお返事をいただきましたが、さすがに、シーケンサーは無理だというお話でした。
費用の点がいつもネックになりますが、やってみようと思われる先生がおられましたら、久御山高校の機材を貸し出すことは可能ですので、ご連絡いただければと思います。

[.研修会で作成した分子系統樹
研修会では、1人4サンプルの植物からDNAを抽出してもらいました。16名の先生方の参加がありましたので、合計64種類の植物のDNAが得られました。このうち、再実験をしても塩基配列が得られなかったサンプルが2種類ありました(ドクダミとシャガ)。従って合計62種類の植物で系統解析を行ないました。塩基配列の編集もせず、非常にラフな形で整列させたデータを系統解析した結果を、研修会の日に見ていただきました。
研修会の後、少し時間をかけて先生方の得られた塩基配列データを編集して系統解析してみました。そうすると、研修会当日の系統樹もそうだったのですが、カランコエ(ベンケイソウ科)とオオイヌタデ(タデ科)の位置がスイレン科のあたりにきました。塩基配列データは相同性検索を行なってまちがいないことが検証できたので、系統解析の結果どうしてもそうなるようでした。そこで、やむなくこの二つのデータを除くことにしました。また、他にも位置がおかしいと感じた植物については、相同性検索を行いました。そうすると、コンタミ(サンプルが入れ替わったり混ざったりすること)が起こっていると感じられるデータが5種類ほどありました。そこで、このデータも除き、合計55種類のデータを用いてdnaparsで系統解析を行いました。コケ(植物名の同定はできなかった)をサンプルにされた先生のデータを外群に指定しました。
その結果を系統樹にまとめました(PDF形式はこちら)APG植物分類体系と比較すると、かなり一致した系統樹を得ることができました。図に書き込んである科や目の分類はAPG植物分類体系に従っていますので、クロンキストやエングラーの分類体系とはかなり異なっているものもあります。

あとがき
思いつくままに、研修会の様子を報告させていただきました。実験等の詳細な内容は、時間がなくてこの紙面上ではまとめきれませんでした。申し訳ありません。詳細が必要な方は、可能な限りの実験プロトコルをまとめて、ホームページ(下記URL)で公開していますので、どうかそちらをご覧下さい。今後も新しい情報が手に入れば、できる限り更新を続けて生きたいと思っていますのでよろしくお願いします。最後になりましたが、参加していただいた先生方、本当にありがとうございました。

URL http://www1.kyoto-be.ne.jp/kumiyama-hs/sqreport/sqreport.htm