「アンネのバラ」は、『アンネの日記』で有名なアンネ・フランクが生前野バラを好んでいたことから、ベルギーの園芸家がアンネの父オットー・フランクさんに新種のバラを贈ったことに由来します。品種名を「Souvenir d’Anne Frank(スヴニール・ドゥ・アンネ・フランク)」(アンネ・フランクの形見)と言います。
日本には、昭和47(1972)年にオットーさんから贈られたのが最初のようです。昭和46(1971)年、聖イエス会スミルナ教会しののめ合唱団が演奏旅行の際、イスラエルのナタニアという町のレストランで偶然オットーさんと同席しました。合唱団が即席で日本の童謡などを披露すると、それに感激したオットーさんが10本の苗木をプレゼントしてくれることになりました。
しかし、当時植物の輸送や検疫が厳しかったことから1週間以上も放置されるなどして、10本のうち9本が枯れてしまいました。残りの1本が合唱団の一員であった聖イエス会創始者の庭で根付きました。
その後、「アンネのバラ」は、接ぎ木で増やされ、日本全国の教会や学校などに送られ、花を咲かせています。三和学園でも今年無事花が咲きました。学園にお立ち寄りの際は、是非体育館前をご覧ください。
「アンネのバラ」は、つぼみから次第に色が変わります。つぼみの時は赤、開花後は黄金色、サーモン・ピンク、そして赤になります。

