6年修学旅行② 法隆寺を見学しました

 14日(木)は、世界遺産の寺院を巡る日です。その前に、高速道路の旅があり、車窓からあべのハルカスや、飛行機を見ることができ、テンションが上がる子どもたちでした。

 さて、聖徳太子しょうとくたいしゆかりの法隆寺に着きました。世界最古の木造建築である法隆寺の創建は、太子の父用明ようめい天皇が、自らの病気の平癒を祈って、用明天皇元(586)年に寺と仏像を造ることを誓願したことに始まります。しかし、その実現を見ないまま崩御ほうぎょしたことを受け、太子が亡き父のために造立ぞうりゅう発願ほつがんし、推古すいこ天皇15(607)年頃に、薬師如来やくしにょらいを本尊として完成しました。聖徳太子は、四天王寺してんのうじ中宮寺ちゅうぐうじ広隆寺こうりゅうじなど、多くの仏教寺院を建立こんりゅうし、冠位十二階かんいじゅうにかい十七条憲法じゅうしちじょうけんぽうの制定、遣隋使けんずいしの派遣などによって国の発展を図りましたが、推古天皇30(622)年、49歳で亡くなりました。

 太子の志は、長子の山背大兄王やましろのおおえのおうが受け継ぐところでしたが、蘇我入鹿そがのいるかの軍勢により、大兄王をはじめ太子一族は滅亡しました。

 天智天皇9(670)年、法隆寺は、焼失しますが、間もなく再建が進められ、遅くとも奈良時代の初頭までには飛鳥あすか時代の様式で中心伽藍がらんが復興され、次いで寺観が整えられていきました。それが現在の西院さいいん伽藍です。

 天平11(739)年頃に、行信ぎょうしんが太子の菩提ぼだいを願って建立したのが夢殿ゆめどので、夢殿を中心とした建築群が東院伽藍です。

 今回の修学旅行では、中門ちゅうもん金剛力士こんごうりきし(仁王)像や、金堂こんどう釈迦三尊像しゃかさんぞんぞうや四天王像といった貴重な仏像に加え、世界最古の木造建築である金堂や五重塔ごじゅうのとうといった建造物を見ることができました。また、大宝蔵院だいほうぞういん玉虫厨子たまむしのずし百済観音像くだらかんのんぞう、夢殿で救世観音像くせかんのんぞうを見ることができました。特に、救世観音像は、春季(4月11日~5月18日)と秋季(10月22日~11月22日)の限定公開なので、今回見ることができてラッキーでした。撮影禁止なので、三和学園のホームページに写真を載せることはできませんが…。

 夢殿を出たところで、ご家族の方に向けて葉書を書き、法隆寺郵便局で投函しました。どうぞお楽しみに!

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