京都府立丹後緑風高等学校
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2020/09/09

くみはま探検レポート② 函石浜遺跡を知っていますか?

Tweet ThisSend to Facebook | by 図書館(久美浜学舎)
 身の回りの探究学習の種を紹介する「くみはま探検」、第2回目は歴代の久美浜高校生も植林ボランティアに参加している「箱石浜」について調べてみました。

 7月、地域の魅力を発見しオンライン百科事典に紹介しよう!という企画で、網野町浜詰地区を歩きました。前回のくみはま探検では、「久美浜」という地名の由来は"久美の郷の浜”であるという説を紹介しましたが、「浜詰」という地名の由来は、久美浜の湊宮から小天橋・葛野浜・箱石浜・浜詰にいたるまでおよそ7㎞続く長い丹後砂丘の東の端、"浜の詰まったところ"であるそうです。「名は体を表す」ということわざの通りですね。
 この約7㎞のロングビーチは、松並木が白砂に映える美しい景観から、1987年に「日本の白砂青松100選」に選出された人気の海水浴場となっています。夏休みには、泳ぎにでかけた人もいるかもしれません。美しい自然を満喫されたでしょうか。

 この久美浜地域の海岸の美しい景観をなす松並木を維持するためのクロマツの植林は、江戸時代に始まりました。戦時中には松ヤニを大量採集したことで、また近年では異常気象により、松の樹勢が弱って松食い虫が大量発生するなど、松並木は幾度も消滅の危機にさらされましたが、多くの地域の人々の尽力で守られ、現在に到ります。
 久美浜高校でも、この自然環境を守る「松林再生プロジェクト」のボランティアに8年前から毎年参加しており、今年も6月18日に、湊宮で松の樹高調査や手入れに生産科学系列の生徒が参加しました。この伝統は、アグリサイエンス科にも引き継がれていくことでしょう。
 「松林再生プロジェクト」は、例年秋には、箱石浜で行われます。

 さて、美しいクロマツの林という自然の宝が広がる箱石浜ですが、じつは地面の下にも素晴らしい宝が眠っていることを、ご存じでしょうか? 海岸クロマツ林の復元研究事業が行われている箱石浜の砂丘は、久美浜町が日本に誇れる歴史的遺産「函石浜遺物包含地」(函石浜遺跡)と呼ばれています。
 函石浜遺物包含地」は、縄文時代から室町時代にかけての各時代の遺物が次々に発見された珍しい史跡です。発見者は、豪商・稲葉本家の12代目当主の兄弟でした。多くの遺物が見つかりましたが、なかでも、古代中国の新王朝(西暦8-23年)の通貨「貨泉」が出土したことから、中国文化の日本への影響を知る手がかりとして大変貴重な場所であるとして、1921年(大正10年)という非常に早い段階で国の史跡に指定されました。

 この古銭は、現在の研究では中世頃まで使用されていて、日本各地で見つかっているのですが、当時は珍しく、国や研究者達の注目が、この箱石浜に集まったことが想像されます。
 松林の手入れ、あるいは海水浴やピクニックに、箱石浜に出かけた時は、青い空と海、緑の松並木だけでなく、足元の地面にもちょっと注目してみましょう。もし、変わった形や模様のある石や鉄片を見つけたら、それは数百年、数千年の時を超えた遺物かも!? あれ?と思うような物を見つけた人は、図書館にある本や顕微鏡で調べてみてくださいね。

【参考文献】

・岩田貢、山脇正資『地図でみる京都ー知られざる町の姿ー』海青社、2019年
・『函石浜遺跡とその発見者たち』京丹後市丹後古代の郷資料館、2006年
・寺報第161号『浜詰村・今昔物語第98話「函石浜遺跡案内」』萬久山福寿院、2009年6月2日発行
・北京都丹後ふるさと検定テキストブック『丹後新風土記』丹後広域観光キャンペーン協議会、2008年
などです。
参考文献はすべて学校図書館にありますので、読んでみましょう。

 

 今回の調査結果の詳細は、こちらに掲載しています⇒ オンライン百科事典Wikipedia日本語版「函石浜遺物包含地(函石浜遺跡)」(初版)




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