妙法院(庫裏)

外観(修理前)

庫裏くり【国宝】

妙法院みょうほういんについて

 妙法院は天台宗(てんだいしゅう)の寺院で山号を南叡山(なんえいざん)と号します。法脈の初代は最澄(さいちょう)で、平安時代末期に16代の昌雲(しょううん)が、後白河院の護持僧(ごじそう)として法住寺御所にて従事し、近辺に居を移したのを寺院の始まりとしています。
 桃山時代には、豊臣秀吉による方広寺大仏殿の建立に伴い、現在地に移転されたと伝わりますが、詳細なことはわかっていません。

 境内には庫裏のほかに大書院(だいしょいん)や玄関(いずれも重要文化財)が建ち並びます。

庫裏について

 庫裏は正面23・7メートル、奥行き21・8メートルで、この種の建物としては巨大なものです。屋根は入母屋造(いりもやづくり)本瓦葺(ほんがわらぶき)とし、頂部と北面には煙出しを設けています。建物は西を正面とし、正面側には唐破風造(からはふづくり)の玄関が取り付きます。内部は西寄りの土間にカマドを設け、中央から東寄りには板間を設け、これらの上部には天井を設けずに小屋組(こやぐみ)をあらわし、壮大な空間を演出しています。
 この建物は文禄(ぶんろく)4年(1595)に豊臣秀吉が祖父母の供養のために、天台・真言・律・禅・浄土・一向・時・日蓮の八宗からそれぞれ100人、計800人の僧を集め「千僧供養(せんそうくよう)」を行った時、集めた僧の食事を準備するために建てられたと伝わっています。

本瓦(平瓦) 施工状況

修理の内容

 小屋組を支える小屋梁に亀裂が生じていたことから取替を行いました。また、建物全体の傾斜の修正や耐震補強工事などを行いました。令和7年度は、主に本瓦葺工事を行い、素屋根の解体に取り掛かりました。

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