平等院(観音堂)

外観(修理前)
内観(修理前)

観音堂かんのんどう【重文】

平等院びょうどういんについて

 平等院は、藤原頼通(ふじわらのよりみち)永承(えいしょう)7年(1052)に別業を仏寺とし、平等院と号したのに始まります。翌天喜(てんき)元年(1053)には鳳凰堂(ほうおうどう)が建立され、平安時代後期を通して伽藍が整備されました。
 建武(けんむ)元年(1334)に鳳凰堂などわずかな建物を残して焼失しますが、伽藍の復興や建物の修理を経て、現在に至っています。

観音堂について

 観音堂は鳳凰堂の北東、宇治川堤防脇に東面して建つ、鎌倉時代前期の建立とされる仏堂です。建物は5間の身舎(もや)(ひさし)を巡らせた五間四面の形式で、桁行7間、梁行4間、寄棟造(よせむねづくり)本瓦葺(ほんがわらぶき)です。内部は一室の床板張で、中央に脇檀を備えた須弥壇が設けられています。

修理の内容

 屋根本瓦葺の全面葺替を行い、傷んだ木部の修理、漆喰壁上塗直し、錺金具や張付壁の修理等を行います。

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