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【式辞(一部抜粋)】
本校を卒業し、いよいよ、それぞれが選んだ道、その道をすすむ皆さんに、はな向けの言葉を送りたいと思います。その言葉は、「希望」の二文字です。ただ、その言葉が意味するものは、皆さんの行く手が、バラ色に輝く未来といった類のものでないことは、自明のことです。日本の状況は、今の季節と同様に冬、それも、かなり厳しい冬です。国内にあっては、東日本大災害からの復興という重荷を背負い、原発事故という困難な課題に苦闘しています。また国外においては、世界中を覆うヨーロッパ経済危機に日本経済も、大打撃を受けています。まさに内憂外患、不安がさらに不安を煽るといった先行きの見えない状況にあります。巨視的にみれば、私たちの日本が、大きな困難に見舞われ、時代の大きな転換点にあるといえます。
しかしながら、我が国がこのような困難、転換点のただ中にあったことは、今に始まったことではありません。過去幾たびも、同じように困難に直面し、その困難を乗り越え、私たちの国は、進化発展を遂げてきました。みなさんが学んだこの須知高校の歴史のなかにも、その歩みがあります。よくご存じように、本校の出発点は、136年前の明治9年に創設された京都府農牧学校であります。農牧学校としては、札幌農学校や東京駒場農学校と共に、日本三大農業教育発祥の地であることはよく知られています。
当時、欧米列国に迫られ、やむなく開国をした我が国は、一つ間違えば欧米列国の植民地になりかねないという切羽詰まった状況に追い込まれていました。自立した国づくりにむけ、国を挙げて立ち向かい始めた頃です。司馬遼太郎が著した「坂の上の雲」は、当時の日本人の苦悩と奮起を伝えています。こうした時、須知高校の礎を拓いた先人達も、農業の近代化に向けて奮起し、力強く立ち向かっていきました。進むべき方向も定かではなく、先を照らす光も十分でなかったに違いありません。「パンドラの箱」に詰まった苦しみや災いが一気に吹き出したような困難の中にあっても、プロメテウスが唯一の救いとして用意した「希望」を信じ、希望に向かって進んだからこそ、乗り越えられたに違いありません。今、私たちも、先人達が大切にした「希望」に学ばねばなりません。
「若木は嵐に育つ」と言います。与えられた環境や条件が厳しければ厳しいほど、そこに育つ木は、強くたくましく伸びていきます。皆さん方の前途は、決して平坦なものではありません。むしろ、厳しい時代、厳しい状況が、待ち構えていることでしょう。本校の礎を築いた先人達のように、困難に屈せず立ち向かい、「世紀は、まさに我らを待てり」の精神を、今こそ発揮をしていただきたい。そのときこそ、皆さんの行く手に、希望の未来が見えてくるに違いありません。
パナソニックを苦難と共に築いた松下幸之助は、こう言っています。「物事、成功の秘訣は、あきらめないことだ」と。夢を持つ人、夢をあきらめない人、希望をもち続ける人が、ゴールにたどり着けることを教えてくれています。本校を巣立つ皆さんが、夢を持ち、希望を信じて、須知高校で学んだ精神を発揮し、自らの進路と日本の将来を力強く切り拓いてくれることを、心から祈念しはなむけの言葉とします。
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