校訓 『 規律・責任・友情 』


 
八幡市立男山第三中学
 

学校沿革・地図

1.校区の概要

八幡市は、京都府盆地の西南部の桂川、宇治川、木津川の合流点を基点として、それより以南に展開する男山丘陵とさらに木津川と丘陵に包括された沖積平野からなるおおむね水滴型をした地形である。
八幡の歴史は、旧石器時代に始まるというが、町として栄えてきたのは、貞観2年(西暦860年)石清水八幡宮が男山に遷座してからである。京都と大阪と奈良を結ぶ水上交通の要所にあり、交通と経済の中心地として重要な役割を果たしてきた。明治22年に町制をしき、昭和29年10月1日に八幡町・都々城村・有智郷村が合併して八幡町を形成した。
当時の人口は、1万6千人であったが、昭和30年代の中頃から都市化の傾向が顕著になり、昭和40年代後半からの日本住宅公団を中心とする開発により、急激な人口の増加を見るに至った。
昭和50年の国勢調査では5万人を超え、昭和52年11月1日に市政を施行以降も増え続け、現在7万4千人を有している。
男山第三中学校、八幡市(当時は八幡町)の3校目の中学校として昭和50年に開校し、開校30年目の歴史の中で勉学をはじめ、文化・体育活動の面においても多くの実践を重ねてきている。
文部省指定の勤労生産学習や福祉協力指定校としての実績に加え、男女駅伝や剣道・吹奏楽部の活躍は、その一例である。
これまで特色ある学校づくりとして「生き方の追及」を重点研究主題にかかげ、社会人講師の導入や様々な体験活動を実施してきた。

2.校区の地図

こちらをご覧ください。
 
3.沿革

       学校沿革18.pdfをご覧ください。(PDFファイルが開きます)