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桃山高等学校 部活動について

部活動は、教育活動の一環として学校の適切な指導の下に生徒が自発的に行うものです。桃山高校では、共通の興味や関心を追求し、学校生活をより充実させ、豊かにすることを目的として、以下の部活動を設置しています。

クラブ名 : 柔道

  部員数 : 令和5年5月現在 女子1名

  活動場所 : 武道場または出稽古

 

 

活動内容

令和3年度年間予定
5月16日(土) 京都総体
6月5日(土) インターハイ予選(個人)
6月19日(土) インターハイ予選(団体)
8月      夏期合同練習
10月16日(土) 新人戦(個人)
11月20日(土) 高校選手権予選(団体)
12月18日(土) 高校選手権予選(個人)
12月      天理錬成大会
3月      阪大・京大招待試合 

 

活動実績

令和3年度
 令和3年度 全国高等学校総合体育大会柔道競技(個人試合)京都府予選
 男子個人66kg級 ベスト8 1名

令和2年度
 第62回 近畿高等学校柔道新人大会(個人試合)京都府予選
 男子個人81kg級 ベスト8 1名

令和元年度
 第42回 京都府公立高等学校柔道大会
 令和元年度 全国高等学校総合体育大会柔道競技(個人試合)京都府予選
 第61回 近畿高等学校柔道新人大会(個人試合)京都府予選
  出場

平成30年度
 第41回 京都府公立高等学校柔道大会
 平成30年度 全国高等学校総合体育大会柔道競技(個人試合)京都府予選
 第60回 近畿高等学校柔道新人大会(個人試合)京都府予選
 第41回 全国高等学校柔道選手権大会(個人試合)京都府予選
  出場

平成29年度
 第40回 京都府公立高等学校柔道大会
  男子団体 準優勝
 第70回 京都府高等学校総合体育大会(柔道競技)
  男子上級二部 優勝
 平成29年度 京都府高等学校柔道段外選手権大会
  男子個人 優勝 1名

平成28年度
 第39回 京都府公立高等学校柔道大会
  男子団体 準優勝
  男子個人 ベスト8 1名
 第58回 近畿高等学校柔道新人大会(個人試合)京都府予選
 男子団体 ベスト8
 男子個人60kg級 ベスト8 1名
 男子個人81kg級 ベスト8 1名

 

目標

本校の柔道部は、大正時代に創部され、90年の歴史があります。
公立高校ということもあり、毎年多くの入部者がいるわけではありませんが、強豪私学に対抗できるよう日々努力を重ねています。
 
 本校は、定時制が併設されていることから、平日の練習は1時間半程度ですが、普段から密度の高い練習を心がけています。練習の特徴としては、立技と同じくらい寝技やトレーニングにも力を入れており、自身のパフォーマンスを最大限に発揮する柔道を目指しています。土日や長期休業中などは、部員不足のハンデを克服すべく、他高校や大学への出稽古も積極的に取り入れています。
 高校3年間あれば初心者でも十分主力選手として活躍できるようになります。経験の有無を問わず、柔道をやってみようと少しでも考えている人は、ぜひ柔道部の門をたたいてください。
 桃山高校は校訓にもあるように、「文武両道」「自主自律」を目指しています。普段の練習は短めですが、その分高校生の本分である勉強にとことん向き合ってほしいと考えており、部活動練習後、自習室を利用したり、塾に通ったりして放課後を有効に活用しています。


(旧制)桃山中学校柔道部々歌
この歌は、第6回卒業生 浅野善造(旧姓下村)氏によって、昭和12年につくられたもので、今も年1回行われる桃獅会(柔道部OBOG会)で歌い継がれています。壮大な歌詞と部歌への思いを綴った浅野氏の言葉があまりにも印象的ですので、ここで紹介します。

一 いま桃山の 聖陵に 心を磨く 若人が
   覇業の夢の 高ければ ちぎる我部に 力あり

二 われ大勢を 案ずるに 文化の潮 西に満つ
   わが帝国の たたずんば 東洋の地を 如何にせん

三 水さえ枯るる 夏の日に 滝なす汗ぞ 心よき  
   真冬の畳 凍りなば わが血潮もて あたためん

四 いざ戦の 時や来ぬ 道着をとりて 我行かん いでやよき敵 
   むかえては 栄えある戦 こころみん

五 過ぎし試合を かえりみて 友と語らん 夕まぐれ   
   すぎゆく野辺に 美しく 武士道の花咲かせつつ 武士道の花咲かせつつ


Ⅰ 部歌と私
 昭和3年、当時15才であった私はクラス対抗の試合を認められて柔道部へ勧誘され夏合宿に参加したが、猛練習に辟易して早くも逃げ腰になっていた。たまたまこのとき武徳殿で行われていた六高対松山高校の優勝戦を見学につれていかれ、15人勝抜き試合での大接戦となり、中盤戦で六校の選手が逆を取られて頑張り参ったといわず満場静まりかえる中に腕は音を立てて折れる。この凄絶な試合に感激して以降心を入れかえ積極的な柔道部員となる。
 昭和6年に桃中を卒業、3年間岡山の六校でみっちり柔道を修業し、昭和9年京大に進学、12年卒業まで母校桃山中学の嘱託教員となる。このときに柔道部の部歌をつくった。
Ⅱ 部歌の精神
 現在でも柔道部員は道場の生活を中心としてその青春を一時代を過ごすのであろうが、この時代の柔道部員は試合に優勝することを目的としながら、実は優勝そのものよりも連日の猛練習に全部員がその苦しみに耐え、ひたむきに練習に没頭することを最高のものとしていた。このような生活から友情と根性が生れ、後輩の成長を願う心も育てられた。
 このような生活の結果得られたもの、それはFriend-shipであり、Fighting-spiritである。いずれも猛練習の苦しみに耐えぬいたとき天啓として与えられる悟りの心境なのである。部歌が語りかける言葉はこの伝統精神そのものといってもよく、部員に無限の力と友情を与えようとするものである。
Ⅲ 結び
 部歌はそこに柔道部があるかぎり部員の胸に部生活の象徴として歌われ、歌いつがれてゆくに違いない。これが柔道を通じての人間形成の青春讃歌なのである。

以 上

 
 
 

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