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フィールドワーク:関心の先を探り、揺らいで、問いを立てる~大垣さんの話を聞く~

 

地域で活躍するイケてる「探究人」たちとの対話の時間の後、

それぞれが残りの約1年という時間をどのように過ごしたいのか、何について深めるのか、

そしてどのように表現するのかについて考える段階に入った。


ここからは、個人ないしはグループに分かれての活動がスタートする。

今年は50ほどのプロジェクトが立ち上がった。


今回はその中の「建築について」探っていくことを決めたグループについて紹介したい。

このグループは、将来建築士になることを目標にしている生徒を筆頭に建築に

関心のある生徒3人というメンバー構成だ。


チームが出来たばかりの頃、丹後地域で活躍する建築士の一人、大垣優太さんと

オンラインで繋ぎ、今後の約1年間をチームでどのように過ごすのかについて一緒に考える時間を設けた。

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建築といえども範囲が広いので、まずは3人それぞれの関心の方向性を探っていくことに。

一人は長年建築士になることを夢見ており、将来家を自分の手で建てたいという。

また一人は設計士になることを目標としている。

そしてもう一人は過去に自分の住む家をリノベーションした経験があり、

改装後生活の質がぐんと上がったことから、

過ごしやすく居心地の良い空間作りのプロセスに関心があるという。


ここから3人に共通しているのは「空間のデザイン」であることが分かり、

それを起点として活動を開始することを決めた。

そんな3人の様子を見ていた大垣さんから素敵な提案が。

建築士という仕事がどんなもので、それに関わる人たちがどんな思いで向き合っているのかを

直接見に来ないか、というもの。

実際に見ることで具体的に自分たちの関わり方をイメージでき、活動計画が立てられる。


そうして3人は、日を改めて大垣さんの事務所へ訪れることに。


夏休みに入ってすぐのある日。3人は大垣さんの経営する事務所を訪ねた。

大垣さんが網野町に構える設計事務所「U設計室」へ。


大垣さんの事務所で大切にされているのは「日常と風景に寄り添った家づくり」

家であればそこに住む家族、店であればそこで働く人や訪れる人の様子を描き、

その場所で営まれる日常のあり方を探っていく。その場所で過ごす人々から愛される建物を目指し、

共に作っていく楽しみを共有しながら進めて行く過程を中心に置いている。


またU設計室では、地元に根付いた家づくりを手がけているため風景を読み解くことにも力を入れている。

日当たり、隣家の目線、周辺道路の交通状況などは勿論、京丹後市は土地柄雪が多く降ったり、

海が近くにあることなどから除雪や風向き、海との距離など建物を建てる際に考慮すべき点が多くある。

その中で一番気持ちよく周囲の環境を取り込める間取りの提案が出来るよう、

建物を建てる場所の観察を徹底的に行うのだ。

大垣さんの建築の先にはいつも「その空間で過ごす人の喜びと感動」があり、

施主さんに徹底的に寄り添う姿勢がとびっきりかっこいい。


そんな素敵な大垣さんが普段どのような想いで仕事と向き合われているのか

具体的に知るために3人は聞き取りを開始した。

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お話を聞いていく中で特に印象的だったのが「その建物を使う人々の生活、

大切にしているもの、困っていること、歩んできた軌跡を知ることこそが仕事の根幹になる」といったお話。


ただお洒落で美しい建物を設計すればいい、という訳ではない。

それを使う人がどうすればその人らしくいれるのか、居心地が良いのか、

暮らしが快適になったり楽しくなったりする仕掛けや動線作りを、

はっとする驚きや感動をもたらすことを常に考えながらもおづくりと向き合う。

だから必ず現場に足を運んで細かい現地調査を行うし、施主(依頼主)さんとの密なコミュニケーションを通して、

その人自身やその人を取り巻く人々のことを理解し、深く知ることはもちろん、

その人の仕事のことまで勉強するという。


「例えば、介護施設を設計してほしい、という依頼が入ったとします。そしたら僕たちはまず、

介護の仕事について学ぶのです」


なるほど。

「良い仕事」とはこういうことか。ビジネスだけのやりとりでない、

人と人との心のやりとり、心の通ったところに生まれる温もりのある贈り物。


そういえば、峰山高校の近くにある児童福祉施設「てらす峰夢」も大垣さんが設計しており、

この前を通ると毎日子供たちの明るい声が響いてくる。

事情があり親と離れて過ごす子供たちにとって「安心して過ごせる家」の価値は大きい。

職員さんも子供たちもみんなが"家族"になれる温かい空間を。毎日笑顔が溢れる環境を。

いつでも「おかえりなさい」と迎えてくれるホームを。

この建物は2019年に京都建築賞 優秀賞を受賞している。


ここまで話を聞いてきて、生徒たちは建築に携わる仕事に益々魅了される一方で少し不安も感じていた。

プロフェッショナルな方から話しを聞くと圧倒され、

高校生の自分たちに何かしらの関わりしろを見付けることは出来るのか、とても難しいのではないか、と。


「この探究活動を通して、自分なりの理想の家の設計をして図面におこしてみたい」

「可能であれば、空き家のリノベーションなどを通して図面におこしたものを実際にデザインしてみたい」

などといったやってみたいことは見えてきたが、現実どこまで実現可能なのか、

この先どんなことが待ち受けているのか......。

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探究活動はこれから社会に出て、自分なりのかかわりしろを見付けていくための予行練習であると考えている。


自分がどうありたいのか、何をどんな風に表現したいのか、より良く生きるために何が出来るのか、

自分が選択した道は正しいのか。不安になったり、時には失敗して落ち込んだりすることもあるだろう。


でもこれは誰もが通る道。

今輝いている、成功しているように見える大人の人たちもみんなそれぞれに苦しみや痛み、

恐れや後悔を背負ってここまできている。大垣さんだって、その一人。


それでも今こうして自分なりの建築との向き合い方を確立し、

ここまで続けてこられたのは大小問わず「夢を掲げ、本気でそれが叶うと信じ、何かしら行動をした」からだろう。

小さな積み重ねと一つ一つ実現してきた経験が彼の確固たる自信を築き上げてきた。

自分の手で誰かの喜びや感動、幸せを手助けできること、

それが自分の幸福感に繋がっていることを身をもって知ってしまった。

そしてこれからももっともっと多くの人の感動を生み出し、

分かち合うために「より良い建築のあり方」を常に模索している。

つまり、私たちは生きている限りずっと探究を続けていくのだ。


だから今は、その練習期間だと思って一歩踏み込んだ行動をしてほしい。

行動することで上手くいかないこともきっと出てくる。

でもその一方で、ある程度自分には何ができるのか、どんなことに向いているのかについても分かってくる。


そういう感覚を最初の種にして時間をかけて、水をやったり、

栄養を加えたりしながらゆっくり育てていってほしい。


試行錯誤を繰り返しながら、ある日「あ、できた」「面白い」と感じるまで、

またそういった肯定的な感覚に自覚的になり、体に刻んでいくこと。

そうすることで本気で夢を見る力は育っていくんじゃないだろうか。


あともう一つ大切なことを挙げるとすれば、自分の行動に絶対的な肯定感を持たないこと。

慢心しないこと。疑問を持ち、問い続けること。


ここまで書いていて、ふと思い浮かんだのが糸井重里さんの言葉。

「自分のやっていること、やってきたことが、正しいに決まっている、と思うような場面からは、

あんまり期待できるものは出てこないよね。

迷いが必要だ、というと誤解されそうだけど、

揺れだか、振動だか、問いかけだか、

不安定だか、そういうものが大事なんだと思うんだ。」

(2009年『ともだちがやって来た。』p.205)


だから今は、できるかぎりたくさんの人や文献、場所と出会って、話して、聞いて、

たくさんの感情を味わって、少しずつ自分の中の種を育てていこう。

いつか君だけの大きな花が咲く日を心待ちにしながら。

 
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