教育長過去のエッセィ
2007.7   
 昨年1月に始めた「みんなで読もう1000万冊読書キャンペーン」が、ついに800万冊を超えました。府内の各地域で、子どもたちの「声に出して読もう」という音読暗誦大会なども盛んに行われ読書活動の気運が盛り上がっています。

 最近はネットで本を買う人も多くなってきました。
 2年前、新幹線で山口に行ったときのこと。京都駅の書店で単行本を手に入れ乗ったまではよかったのですが、春の陽の心地よさについうとうととしてしまったのです。降り立って気がつくと、買ったはずの本がありません。こういうときに限って、どうしても早く続きを読みたくなるものです。
 しかたなくネットで探索し注文したら、なんと、次の日に格安で古書が届きました。この時代の速さに思わず驚愕してしまいました。

 書籍ネットには面白いこともあります。
 大抵のページには、「この本を、買った人はこういう本も買っています」というのがついています。それを見て、つい買ってしまうのです。そこがシステム側の狙いですが、買った人の心理も窺えて興味深いのです。

 そう言えば、ある販売ページにおよそ考えられない不思議な組み合わせがありました。その本は、「ねずみ女房」(ルーマー・ゴッデン;福音館書店)と「日本の弓術」(オイゲン・ヘリゲル;岩波文庫)という2冊です。
 「ねずみ女房」は、外界を知らず平凡に暮らしていた雌ネズミが、ある日捕えられているハトが野にあこがれる姿に強く心打たれて、ついにかごの扉を開けてやるという奥の深い海外の作品ですが、石井桃子訳の子ども向けの童話なのです。
 一方、「日本の弓術」は、ドイツの哲学者が日本の弓術の稽古を通して、非合理的にみえるものの中から日本的なアプローチを感得していく体験を振り返った1冊。さて、この2つにどういうつながりがあるのか。

 「ひょっとして、あれか・・・・」思い当たる節がありました。
 元文化庁長官で心理学者の河合隼雄先生の著作にあるのです。昨年の春、出版された「心の扉を開く」(岩波書店)の中に、くだんの2冊がまったく別々の頁に紹介されています。内容的には何の関連もありません。
 隼雄先生に触発された読者が買った組み合わせに違いない。それ以外にはこの2冊が出会うことはまずありえません。そう思うと、出会ったこともない見知らぬこの読者に不思議な共感が芽生えてしまいます。
 読書の世界は色々な意味で、人と人との出会いの場かも知れません。
 様々の人たちによって、1000万冊キャンペーンの達成も早いでしょう。

この話を、是非とも河合先生にお話したいと思っていのですが、残念ながら病床に臥されたまま御逝去されました。御冥福を心から御祈り申し上げます。
戻る