清水寺は、宝亀9年(778)に大和国の僧賢心(のちに延鎮)が音羽の滝に至って草庵を営み、これに帰依した坂上田村麻呂が延暦17年(798)に仏殿を建立して千手観音像を安置したのをはじまりと伝え、平安時代から観音霊場として広く篤い信仰を集めています。
境内の建物は、康平6年(1063)の火災で全山を焼失したのを最初に、焼失と再建とを繰り返してきました。現在の建物は、文明元年(1469)の戦火後に再建されたもの[馬駐・仁王門・鐘楼・子安塔]と、寛永6年(1629)の火災後に、徳川家光の命により寛永8年から10年にかけて再建されたもの[本堂・西門・三重塔・経堂・田村堂・朝倉堂・轟門・本坊北総門・鎮守堂(春日社)・釈迦堂・阿弥陀堂・奥院]が基本となります。このうち本堂が国宝に、ほかの15棟が重要文化財に指定されています。