京都府教育庁指導部文化財保護課  Cultural Properties Division, Kyoto Prefectural Board of Education
 

山城地域の中世城館

 城地域では、応仁・文明の乱を端緒に戦国時代となり、将軍家や管領細川家の後継者を巡る争いが続きました。その後、安土桃山時代には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ら時の権力者も城を構え、様々な歴史の舞台となりました。

 このような山城地域の約300箇所の城館について、『京都府中世城館跡調査報告書』第3・4冊―山城編1・2―として、平成2526年度に刊行しました。

 ここでは、山城地域を代表する城館の一部を紹介します。

 なお、『京都府中世城館跡調査報告書』第1~4冊は、各都道府県教育委員会、京都府内の図書館、各市町(組合)教育委員会等で閲覧できます。


伏見城跡石垣
見城跡に現存する最大の石垣
 

山城地域の代表的な城館

北白川(きたしらかわ(勝軍山 しょうぐんやま))城跡

幾多の合戦の舞台であることが数多くの文献に記載され、大規模な遺構も良好に残る城館です
 

如意ヶ嶽(にょいがたけ)城跡

重要な合戦の舞台となり、山頂部を取り囲む大規模な横堀と土塁が良好に残る城館です
 

高雄(たかお)城跡

寺院と城館の関係性の大きさを文献史料からも裏付けられる重要な城館です
 

峰ヶ堂(みねがどう)城跡

寺院から城館へと変化していったことが文献・遺構の両面から分かる城館です
 

山科本願寺(やましなほんがんじ)跡

仏国の如しと称され、強固な土塁と横堀で寺内町を取り囲んだ、画期的な寺跡です
 

狛(こま)城跡

国人狛氏の拠点で文献史料も多く、環濠集落としての様相も良好に残る貴重な城館です
 

笠置(かさぎ)城跡

元弘元年(1331)に元弘の変の拠点となり、後に守護代木沢長政が改修した城館です
 

一乗寺山(いちじょうじやま)城跡

織田信長と朝倉氏が争った「志賀御陣」において、朝倉氏が京都を見下ろす山上に築いた城館です
 

山崎(やまざき)城跡

羽柴秀吉が天王山の頂上に築城した、京都における秀吉最初の城館です。
 

伏見(ふしみ)城跡・指月(しげつ)城跡、向島(むかいじま)城跡

豊臣秀吉が築き、徳川家光までの将軍宣下も行われた、日本最大の城館の一つです
 

二条(にじょう)城跡

徳川家康が築き徳川慶喜が大政奉還をした、京都における江戸幕府の拠点となった城館です
 

中尾(なかお)城跡

将軍足利義晴が築き、鉄砲対策を施したことが文献でわかる最古の城跡です
 

嵐山(あらしやま)城跡

嵐山の山頂に位置する守護代香西元長の居城で、洛西でも最大級の面積を持つ城館です
 

乙訓地域の城館群

乙訓国人一揆を主導した国人衆の城館群です
【石見城跡・物集女城跡・勝龍寺城跡】

 

井手(いで)城跡

小規模ながら、同時代史料に地図付きで記載されている貴重な城館です
 

木津(きづ)城跡

木津周辺を一望できる山上に存在する、木津集落と関連の強い城館です
 

東山(ひがしやま)城跡

山城国一揆に関連する城館の可能性が高い、大規模で保存状況の良好な城館です
 

鹿背山(かせやま)城跡

発掘調査などから大和の勢力との関係の強さが判明した、南山城最大級の城館です
 

旧二条(きゅうにじょう)城跡

石垣や堀をもつ、織田信長が足利義昭のために建造した「武家御城」と記載される城館です
 

御土居(おどい)跡

豊臣秀吉が築いた巨大な堀と土塁で京都の洛中と洛外を分ける、日本最大規模の惣構です
 

聚楽第(じゅらくだい(てい))跡

豊臣秀吉が平安京の内裏跡に造営し、後陽成天皇の行幸も迎えた城館です
 

淀(よど)城跡

伏見城跡に代わる京都守護の城として、松平定綱が築城した淀藩の居城です