京都府教育庁指導部文化財保護課  Cultural Properties Division, Kyoto Prefectural Board of Education
 

恭仁宮跡の発掘調査

 

恭仁宮跡発掘調査の現地説明会を開催します【1/19(土)】

大極殿院の南面区画施設と考えられる遺構をはじめて検出
1 名  称 恭仁宮跡
2 所在地 京都府木津川市加茂町例幣ほか
3 開催日時 平成31年1月19日(土) 午後1時30分から(小雨決行)
4 主な内容 従来の想定とは異なる地点で、大極殿院の南面区画施設と考えられる掘立柱塀をはじめて検出しました。古代の宮では大極殿院の南面区画施設は重要な施設ですが、恭仁宮大極殿院では、格式の高い築地回廊ではなく簡素な掘立柱塀だったと考えられます。
 ※大極殿院は宮の中心にあたり、重要な儀礼が行われた場所です。
大極殿院復元図

恭仁宮大極殿院復元図


5 集合場所 恭仁宮跡発掘調査事務所前(木津川市立恭仁小学校南側)

道案内

周辺情報は→京都府遺跡マップ

6 アクセス 会場には駐車場がありません。鉄道、バス等を御利用ください。

        (JR加茂駅から徒歩30分)

7 その他 事前申込や参加料は必要ありません。直接現地へお越しください。

8 問合せ先 京都府教育庁指導部文化財保護課記念物担当

        電話 075-414-5903(当日不可。月~金曜日の8時30分~17

       恭仁宮跡発掘調査事務所

        電話 0774-76-2313(当日のみ)
 

恭仁宮跡について


(西上空からみた恭仁宮跡)
 
                     
 (恭仁宮跡復元図) 

 ここは京都府の南の端、木津川市加茂町の瓶原(みかのはら)と呼ばれる地域です。美しい田園風景が広がり、秋にはコスモスが咲き競います。今は静かなこの地ですが、かつては激動の歴史の中心舞台になったことがありました。


 天平12年(西暦740年)、当時の聖武天皇は、平城京から恭仁宮へ都を移すことを決めました。恭仁宮は70年に及んだ平城京の時代(奈良時代)に一時期都となり、首都として存在していました。


 恭仁宮がどのような姿で実在したのかは、長い間にわからなくなっていましたが、京都府教育委員会と旧加茂町教育委員会(現木津川市教育委員会)が昭和48年度から進めてきた発掘調査によって、徐々に当時の姿を具体的に復元できるようになってきました。

 

交通案内


鉄道、バス利用の場合

JR大和路線 加茂駅から徒歩約30分 約2Km

京都駅→JR奈良線(快速38分)→木津駅→JR関西本線(大和路線)(普通6分)→加茂駅→徒歩(約30分)→恭仁宮跡



車利用の場合

国道24号「上狛四丁町」から国道163号を東へ約5Km