京都府教育庁指導部文化財保護課  Cultural Properties Division, Kyoto Prefectural Board of Education
 

恭仁宮跡の発掘調査

 

お知らせ

平成28年度 恭仁宮跡発掘調査現地説明会を開催します

朝集院(ちょうしゅういん)の四至が確定しました


1 名   称 恭仁宮跡

2 所 在 地 京都府木津川市加茂町例幣ほか

3 開催日時 平成2812月3日(土) 午後1時30分から(小雨決行)

4 主な内容 朝集院の東辺区画施設(北東角を含む)を検出し、過去の成果とあわせて朝集院の四至が確定しました。
  わが国の宮跡で朝集院の四至が判明した初の成果です。
また、隅の柱の位置は高い測量精度で決められていることが判明しました。

 ※朝集院:宮で行われる政務や重要な儀礼に参加する官人が出仕前に集合、待機する場所

朝集院区画施設復元イメージ

朝集院区画施設復元イメージ

5 集合場所 恭仁宮跡発掘調査事務所前(木津川市立恭仁小学校南側)

恭仁宮案内図

周辺情報は→京都府遺跡マップ

6 アクセス  会場には駐車場がありません。鉄道、バスを御利用ください。

          (JR加茂駅から徒歩約30分)

7 そ の 他 事前申込や参加料は必要ありません。直接現地へお越しください。

8 問合せ 京都府教育庁指導部文化財保護課記念物担当

          電話 075-414-5903(当日不可。月~金曜日の8時30分~17時)

         恭仁宮跡発掘調査事務所

          電話 0774-76-2313(当日のみ)

 

恭仁宮跡について


(西上空からみた恭仁宮跡)
 
                     
 (恭仁宮跡復元図) 

 ここは京都府の南の端、木津川市加茂町の瓶原(みかのはら)と呼ばれる地域です。美しい田園風景が広がり、秋にはコスモスが咲き競います。今は静かなこの地ですが、かつては激動の歴史の中心舞台になったことがありました。


 天平12年(西暦740年)、当時の聖武天皇は、平城京から恭仁宮へ都を移すことを決めました。恭仁宮は70年に及んだ平城京の時代(奈良時代)に一時期都となり、首都として存在していました。


 恭仁宮がどのような姿で実在したのかは、長い間にわからなくなっていましたが、京都府教育委員会と旧加茂町教育委員会(現木津川市教育委員会)が昭和48年度から進めてきた発掘調査によって、徐々に当時の姿を具体的に復元できるようになってきました。

 

交通案内


鉄道、バス利用の場合

JR大和路線 加茂駅から徒歩約30分 約2Km

京都駅→JR奈良線(快速38分)→木津駅→JR関西本線(大和路線)(普通6分)→加茂駅→徒歩(約30分)→恭仁宮跡



車利用の場合

国道24号「上狛四丁町」から国道163号を東へ約5Km